「赤い糸ってあると思う?」
赤いカーディガンの取れたボタンを縫い付け直そうと針仕事をしている彼女は唐突にそう言った。
「君がボタンを縫い付けるのに使っていると思うんだけど」
「こ、この糸も確かに赤いけど、まだたくさんあるけど、私が言っているのは裁縫用のじゃなくてその、運命の赤い糸よ」
わざと僕がとぼけると、彼女は頬を膨らませた。
「運命の赤い糸ってアレだろう。小指に見えない赤い糸があって、それが最愛の人と繋がっているっていう」
「そう、それよ」
「君はどう思っているんだい?」
僕は訊き返す。
「わ、私はあると思っているの。だってあなたとこうやって出会えて、今こうして二人で一緒にいられるのだから」
彼女はそう言って微笑んだ。
「……僕はそんな迷信、信じてないけどね」
「そう……」
彼女は目を伏せ、しょんぼりとした。ついさっきまでと打って変わったその様子はまさしく青菜に塩だった。
「別に君と運命なんか感じてないってわけじゃなくて、最初から赤い糸なんてものがあって、それに従って当然の如く出会って、今こうして君と一緒にいるなんて思いたくないんだ。よく人との関係性は糸に例えられる。『縁を切る』だとか『縁を結ぶ』とかは糸に例えられるからこそこう表現される。そしてそのいずれも動作を表していてかつ能動的だ。僕が君と今こうしているのも、僕が君と縁を結ぼうとしたからこそだ」
「つまりあなたは必然じゃなくて、自分でそうしようと選択したからこそだって言いたいのね」
「まあそういうことだね。仮に運命の赤い糸なんてものがあったとしても、それはきっと最初から赤くも結ばれていたんじゃなくて、僕が君の小指に結んで赤く染めたんだ」
「あなたらしい考え方ね」
彼女はクスッと笑みをこぼした。そしてカーディガンにボタンを縫い直しつつさらに口を開く。
「確かにあなたが私を選んでくれたのも、私が今あなたとこうしていることにしたのも自分で決めたことなのかもしれない。でもね、あなたと出会えたことはね、私、やっぱり何か赤い糸のような繋がりで引き寄せられたんじゃないかって思うの。だって出会えなければ、あなたという存在自体を知らないままでいたら、あなたを好きになることも、こうして一緒にいて、その、愛し合ったりすることもあり得なかったもの。だ、だからね、そんな巡り合わせにしてくれたところにはやっぱり感謝したいし、赤い糸のおかげかな、なんて私は思うの」
彼女ははにかみ、つっかえつっかえになりながらもそうはっきりと言葉にした。その頬がほんのりと赤く染まった。
彼女は恥ずかしがり屋で全然甘えてもこないけれど、僕と違って素直かつ表情豊かでいつもひたむきで、そんなところを愛しく思っていた。
「痛っ」
突然わずかに声を上げると、彼女は顔をしかめた。そして自身の左手の人差し指を見つめる。どうやら針で指を刺してしまったらしい。
出血でもしたのかカーディガンを脇に置き、ティッシュティッシュと呟きながらキョロキョロと彼女はティッシュ箱を探す。
僕はそんな彼女にそっと近づき、その左手首を掴み口元へ近づける。それから彼女がなんらかのリアクションを起こす前に、わずかに血が赤くぷっくりと玉のようになっている刺し傷のある人差し指を口に含んだ。さらに少しだけその指を吸った。
「ダッ、ダメ。血が出てるから汚いわ。そ、それに指なんて……、指なんて……」
彼女は顔を真っ赤にした。
「消毒。それに君の血は綺麗だから大丈夫だよ」
僕はそう平然と言ってのけ、再び彼女の人差し指を咥えた。
「も、もう……」
恥ずかしがりながらも彼女は僕にされるがままになっていた。拒絶してこないあたり、彼女は僕のことを受け入れてくれているんだなと指を無駄に吸いつつ思う。
「僕も君と引きあわせてくれた糸には感謝しているよ。染めたのは君であり、僕だとも思うけどね」
指から口を離し、至近距離で僕は顔を赤く蒸気させたまま口を空回りさせている彼女にそう告げた。
END.
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