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混沌の葉桜に、想いを寄せて┃エッセイ
2020年4月1日。
まもなく1歳になる双子は、お揃いの洋服を着せられて、隣り合わせのベビーカーに乗っていた。
「お預かりしますね」
その日。なにも知らぬふたりは、保育園デビューを飾った。
わけもわからず、パパママに置いて行かれるふたり。
ふたりの重なる泣き声が、私と夫を追ってくる。
けれど。姉も通うその園に絶対的な信頼がある私たちは、少し笑って、彼らと離れることができた。
できると、思っていた。
時は、2020年。
コロナの猛威が勢いを増し、世間からはマスクも消毒もトイレットペーパーも、なにもかもが失われていった。
双子の慣らし保育が3日を経過した頃。
『申し訳ありませんが、市の方針で、保育園は休園します』
保育園に通うことはできなくなった。
数日後に。私は職場復帰を控えていた。
これまでの人生の中で、最も不安な春が始まろうとしていた。
自宅には、1日中子どもたちの声が響き渡る。
「暇だ暇だ」と大騒ぎする姉妹に、かまってあげないと泣き喚き嗚咽する双子。その声を身体のあちこちにぶら下げたまま、専門学校の職場に復帰した。授業の時間には夫と交代し、ときにはオンライン授業で双子を背負いながら講義する日もあった。
よくがんばっていたと思う。
私も、夫も、子どもたちも。
この日々を粛々と、耐え続けた。
だからこそ、休みの日。
近所の川辺に散歩に出ることが家族の楽しみだった。
ふりかけおにぎりと、ブロッコリー。
ウインナーと卵焼き。
それらをベビーカーにぶら下げて川辺を歩いた。
同じように過ごす人が遠くに見える。我々は無言のうちに距離をとりながら、お弁当を広げた。
川を泳ぐ大きな鯉たちだけが、三密状態をキープしながら、重なり合ってこちらになにかを訴え続ける。
こんな世間の騒ぎに気づかないうちに。見上げた桜は、見頃をとっくに過ぎてしまっていた。川辺に浮かぶ桜の花びらが、音もなく目の前を横切っていく。それを見ながら、静かにおにぎりをかじった。
「ママ!写真撮って」
ふと声の方を見る。
長女が崖を登り、桜の足元に座っていた。
──そうか。
桜の見ごろが過ぎようが、少女たちには関係のない話。
彼女たちにとって、春は、今年も変わらず巡ってきたのだ。
──お弁当のブロッコリー。今度は、焼いてこようかな。
それからやっぱりウインナーは、燻製屋を買おう。
この春の。次の予定を考えながら。
私たちは、混沌としたこの季節をゆっくりと、乗り越えていく。
「はーい。チーズ」
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(999文字)
三條凛花さんのエッセイ企画、今回も参加させていただきました。
ギリギリにすいません(常習犯)
ちょっと仕事が忙しくって、どうかな…と思いつつ、
気が付いたら書いていました。
凛花さんの紡ぐもののセンスが好きすぎるのですよ……。だからつい……。
あの頃の春。
苦しかったけれど、ずっとずっと家族が傍にいた。
忘れがたい春の思い出です。
プロフィール
・髙塚しいも(たかつか しいも)
5児の母。専門学校教員として働きながら、5児と夫の話を中心にnoteで執筆中。お酒と家族が大好き。
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