5月某日ときどき雨降り。
夜はなかなか寝つけなかったのに、朝は早くに目が覚めた。待ち合わせのロビーに少し早めに着くと、Sはソファに座って目を閉じていた。となりにはいつも持ち歩いている仕事用の重たいかばん。両足がだらんと投げ出されているから、結構本格的に眠ってしまっているようだ。大きな黒い革靴。普段あまり男性らしさを感じさせない人だけど、この大きな革靴を見ると、Sはオトコだな、と思う。これが私の部屋の玄関に置いてあるところをふと想像する。自分とは違う人の靴が置いてある暮らし。私はずっと一人暮らしで、男の人と暮らしたこともないからよくわからないけど、もしかしたらすごくほっとするのかな。つよく望むわけではないけれど、誰かの靴があるのは、なんだかとても安心なのかもしれない。見たことのない景色の、そんな淡い感触が私を包む。いまはだらりと投げ出された、Sの革靴。目を閉じているSに声をかけないまま、私はとなりのソファに身を沈める。大きな額縁のような窓から外へ目を向けると、つややかに黒いタクシーが半地下の駐車場へ次々と滑り込んでゆくのが見えた。さーっと清潔な音がして、細い雨が降り始めた。ここはとても、静かな場所。