『往復書簡』(仮)16復信
Sさんへ
こんにちは。
僕の手紙で悩ませてしまったようで申し訳ありません。と言いつつ、この先もっと混乱させるようなことを書かない保証はできません。
Sさんは遠くに行かないでと言うけれど、僕はここにいます。
前にも書いた気がするけれど、冒険しているようなものです。しっかり命綱をつけてね。Sさんへの手紙でしか書かないようなことばかりで、友達に話すようなことはしない。きっと僕のことを本が好きな無口な奴だと思っているよ。そう思わせておいた方が何かと楽だしね。Sさんも読み流してくれて構わない。
手紙をやり取りするようになって、僕はたくさんのものを得ている気がする。Sさんの手紙に目を覚まされることもあるんだ。
僕は自分を表現するのに主に言葉を使うけれど、Sさんは絵という表現手段を持っている。僕も絵を描くのは嫌いじゃないけれど、言葉ほどには表現していない。まあ、人それぞれってことだろうね。
今日、道を歩いていて感じたことがあるんだ。街路樹の枝を作業服を着た業者の人たちが、次から次へと無差別に枝を切り落としていたんだ。あれでせん定と言えるのかと思った。刈り込まれた木は見る影もなかった。もう、なんの木なのか、その樹形からはわからない姿だった。
それを見ていて、今の日本人を見た気がしたんだ。みんな、本来持っている、そうなったであろうそれぞれの人生が、画一的に刈り込まれ、ただ立っているだけの存在にされてしまったような、そんな感じだった。
気分が悪くなった。息苦しくて、めまいが起きそうだった。
Sさんには、何というか、そういったものと無縁の自由さを感じることがある。僕はそんなSさんを羨ましく思うことがある。
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