『往復書簡』(仮)28復信
Sさんへ
こんにちは。
Sさんの手紙を読んでいて、僕が懸命にたぐり寄せて解きほぐして整理して、やっと理解できたかなと思うことを、パッと心でつかみ取ってしまえる人なんだということがわかりました。
たぶん僕の伝えたいと思ったことをSさんは感覚的に知っている。僕はそれを言葉に落とし込みたい人間で、それに対してSさんは言葉にしないことで、向こうからやって来たものを丸ごと所有している気がする。僕には絶対に真似できない芸当だよ。
職業は極論すれば作ってしまえばいいと僕は思うよ。無責任な発言でSさんを唆すつもりはないけれど。ただ、失敗した時に僕を恨まないで欲しい。そこはしっかり自分の人生に責任を持って下さい。
Sさんのような人は、きっと自分の心が納得しなければテコでも動かないタイプには見えるけどね。迷っているということはまだ正解が出ていない訳だから、やるべきことをやって行くしかないだろうね。
偉そうに書いて来たけれど、僕はある意味、現実逃避しているとも言える。そりゃ学校の勉強はしているし、進学も考えて準備している。でも、自分の人生をどうするかという具体的で現実的な問題からはできるだけ距離を取っている。
現代の資本主義の枠組みの中で、しかも日本という国の経済機構と社会通念の中で、僕のような人間は象牙の塔の住人になるか、野垂れ死にするか、そんな予感に窒息しそうだ。まあ、もう、大学も聖域ではなくなっているようだけれど。
僕はSさんのことを誤解していたようだ。
Sさんこそ、人間とは何かの答えそのものだよ。
ではまた。
T
#小説 #書簡小説 #手紙 #手紙小説 #往復書簡 #往復書簡小説 #掌の小説 #短編 #短編小説 #コミュニケーション #コミュ障 #文通 #理想の文通 #リアリティなんていらない