死を覚悟するとき
こんにちは。枝穂@社労士・マナーインストラクターです。
お盆に仏壇の整理を手伝っていたら、こんなものが出てきました。
殴り書きのようで全ては読めないのですが、
「先日は遠路面会に来て下さり有難うございました。お前たちの元気な顔を見て安心しました。戦地へ行きます。お国のために身を粉にして務め上げる覚悟であります。これは私の頭髪と爪です。もし骨が帰らなかったときはこれを祭ってください。〇〇(父の名前)を立派に教育し成長させてください。これが私の願いです。乱筆ですが親子共身体を大切に」
わたしの祖父にあたる方は父が生まれてすぐ戦死したそうですが、これは戦地に赴く前、祖父が祖母に託した手紙のようです。
父はなかなか子宝に恵まれない中、やっと生まれた一人息子でした。
そんな生まれてすぐの幼子と妻を残して戦地に赴く気持ちは、どのようなものだったのでしょうか。文面からも死を覚悟しているように見えますが、この手紙をしたためたときの気持ちは、どのようなものだったのでしょうか。
先日広島に行ったとき原爆資料館を訪れましたが、以前は戦争の悲惨さや核の脅威を伝える展示が中心でしたが、リニューアル後は、ひとりの兵士、ひとりの市民、ひとりの学生それぞれの人生にスポットが当てられていました。
祖父は戦争で亡くなった310万人の1人です。
その一人一人に人生があり、家族の人生がある。
その後祖母は96歳で大往生を遂げましたが、苦労話を聞いたことは一度もありませんでした。しかしその人生がどれほど厳しいものであったかは、容易に想像できます。
父は生前、自分が死ぬときはおやじが迎えに来てくれるんや…と話していました。そんな父も今年あちらの世界に行きました。
さて、お父さんとは会えたのでしょうかね。