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「いや」から始まる肯定の裏にあるもの

最近、妻に言われて気づいた自分の口癖があります。
それは話し相手の意見に対して、まず「いや」と言ってしまうこと。

妻が言うには「いや」と否定しているけど、その後の文脈で妻の言っていることを肯定している。なぜ、「いや」とまず言うのか。

確かに。。。
なんで、意見を否定しているわけではないのに「いや」と言ってしまうのか。

自分はどちらかというと意見を否定的に分析しがちですが、だからと言って、何が何でも否定するというスタンスではいませんし、受け答えとして最初から否定するようなこともしていないつもりです。

驚きを表現するような「いやはや」が端折られて「いや」と言っているのかもとも考えましたが、そもそも「いやはや」に馴染みがない。

実際は否定してるわけではなく、むしろ肯定していることが多いのに、否定する表現が先に出てしまうのは何故なのか。

「いや」のその後の発言を思い返してみると、相手の意見とほぼ同じことを言いたいけども、若干の差異を表現しようとしていたりする。

おそらく、その差異を表現するために完全には同じではないよという意味で否定的な言葉が出てくるのだと思います。

そして、微差は置いておいて、言葉として「うん」「そうだね」と肯定してから微差について話せばいいのに、まずその否定が口から出てくると言うのはその微差に重きを置いているからだと思います。

あなたの意見と僕の考えはほとんど同じですよ。でもこの部分はこういうふうに考えています。という風に違いの部分を重要視している。この部分を強調したい。それが一番言いたいことだから、大差はないにせよ先に「違う」という意思表示を打ち出す。

それはほんの些細な違いであっても、相手との違いを主張することであり、個性を主張することだと思います。

僕はそう言う意味で個性というものに囚われすぎているのかもしれません。

自分の考えを明確に示すということとコミュニケーションを円滑にすることは全く別の話なので、意識的にこの口癖を変えていければと思います。

僕ともし話す機会があって、「いや」と口火を切っていたら、ご指摘願います。


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しょーま
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