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漢字を50,000字書いてみた。
葥󠄀蔊𩰃𪆵凇𥽗萘𨵼𨵰䱊觕󠄀䬰󠄀𪍎𨔙闁㚻
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突然難字盡(笑) 皆様、御機嫌如何? 吾輩、群鳥安民也。
漢字ばかりだと異様な文字列ですね。今回は、私の大好きな漢字の話だけをする回です。冒頭に羅列されている難字に関しても、後々紹介していきます。
前々回の投稿で、私が漢字の写経チャレンジをする宣言をしていたのはご存じでしょうか? まるで修行の様な過酷さだったことは前回の投稿で述べた通りです。丸5日で終わるかと思いきや、半月も掛かってしまうという。
この挑戦に際し、漢字に関する質問を頂いていたので、ここで私なりの回答をしていきたいと思います。
音読みと訓読みってなに?音は何となく分かりますが訓ってなに?
音読みはざっくり言えば、中国語由来の読み方です。中国語での発音を日本風の発音に読み替えたものになります。「字」は zi→ジ、「漢」は han→カン、みたいな。
本命の訓読みについて。先ずは、「訓」という字を字書で引いてみましょう。その字の意味の一つにこうあります。
よむ。とく。字句の意義を解釋する。
つまり訓読みは、漢字の意味を解釈する日本語の読みです。da だけでも、中国人は文脈からそれが「大」であることを判別できます。しかし、「これはダイだ」と読んでも日本人には判りません。もともと中国語なんで。だから、「大」に「おおきい」という和訓、則ち、日本語に読み解いた意味の言葉を読みとして与えています。それが訓読みなのです。
最も長い訓読みを持つ漢字は何?
前々回の投稿にも書きましたが、訓読みの定義を厳格に規定するのは難しいです。巷で「こんな長い訓読みを持つ漢字があるよ!」と得意気に言いふらしている人がいますが、やたら長い文章になっているそれは、大抵は字義(漢字の意味)です。
例えば、有名なのが「閄」。この字の説明、大漢和辞典にはこうあります。
急にとびだして人を驚かせるこゑ。
これを訓読みとは言えないでしょう。「僕は物陰から、近づく彼女に閄を叫んだ」という例文があったとします。「僕は物陰から、近づく彼女に閄(急にとびだして人を驚かせるこゑ)を叫んだ」と読むでしょうか? もうめんどくさくなって「閄(わあ)」と読みたくなりますね。
この様に、長ったらしい説明文は漢字の読みとしては実用的でないので、それを訓読みとは言えません。
基本的に、訓読みは1単語の和語です。しかし、1単語でない「掌(てのひら)」や、和語でない「蔘(チョウセンニンジン)」等、例外は存在します。
写経中、紛れもなく1単語の和語である長い訓読みを持つ漢字を探してみました。見つけた2文字をご紹介します。
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どちらも9文字の植物名。私が知る中で、最も長い訓読みを持つと正式に認定してもよいと思う字はこの2つです。
「𤾕」ってどういう字? 顔みたい(笑)
写経の途中経過を載せた写真を見てくれた方から、そんなコメントを頂きました。
(𤾕)
↑
こうするとより顔っぽい(笑) 「幸せのきっかけなんて、そこら中に落っこちてるもんだぜ」みたいな、ちょっと良い台詞を口にする時の表情ですね。
こやつの正体とはこれいかに。この字に初めましての方が殆どでしょう。しかし、こいつを調べ上げてみたら、実はあの身近な字の本当の姿だったのです。
それが「替」。字形は似てますよね。上の「竝」「㚘」は人が2人並んだ字です。下の字は「日」の様ですが、字源を遡るとどうやら「日」とは異なるみたい。「替」の部首である「曰」とも違う様で、「白」なのかと言われると「白」の字源もはっきりしない。漢字が生まれたのは3000年以上も前の事なので、字の由来については分からないことが盛り沢山なのです。
因みに、「替」の別体には「暜」「𤽽」などもあります。普通の「普」とごっちゃになってややこしい。
人の顔に見える字で私が好きな字があります。それが「昔」の金文です。こちら。
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めっちゃわろてる(笑) ご丁寧に眉毛まで付いて(笑)
金文というのは、中国の周の時代、今から約3000年前とかに使われていた字です。このころは紙すら無く、青銅器とかに彫り込んでいました。
白湯の他に白を「さ」と読む言葉はありますか?
白つながりでこの質問に行きましょう。
他にもあるか探してみましたが、鞄の中も。机の中も。探したけれど見つかりませんでした。
結論から言うと、白湯の他に白を「さ」と読む言葉は無いんじゃないかと思います。
では、「白湯」という言葉に焦点を当てていきましょう。
白湯(さゆ)の語源・由来について、罪のないことを「潔白」というように、「白」には色の白だけでなく、何もないとか純粋なという意味もあることが語源・由来となっている。また「スユ(素湯)」が転じたものともされている。
「素」にも白色の意味があります。「素湯(すゆ・さゆ)」が転じて「白湯(さゆ)」になった場合、「素」と同じ意味、且つ、より「何もなく純粋」という意味合いが強そうな「白」に置き換えたと考えられます。
だとすれば、白に「さ」という読みを当て与えたのではなく、白が「さ」という読みを借り受けたのかもしれません。つまり、始まりは、
A:「白湯」を「さゆ」と読んだ
のではなく、
B:「さゆ」という言葉に「白湯」の漢字を当てた
のかもしれません。
[素湯→白湯]という字の置換と「すゆ→さゆ」という読みの変換が、それぞれどういうタイミングで変化したのかは、言語調査をして見ないことには判りませんが、それ次第では、この考え方に是非を唱えやすくなるでしょう。
熟字訓と当て字
せっかくなので、当て字と熟字訓のお話も。上記の例をAとBで表しましたが、両者は少し違います。
Aは、漢字二字以上の熟字全体に日本語の訓が与えられています。これを「熟字訓」といいます。「昨日(きのう)」「紅葉(もみじ)」なんかがそうです。元々、「サクジツ」「コウヨウ」と読める漢語ですからね。
Bは、漢字の本来の意味とは関係なく、その音や訓を借りて当てはめた漢字です。「目出度(めでた)い」「夜露死苦(よろしく)」なんかがそうです。使っている漢字に、特に意味は有りません。
当て字に使う漢字に意味は必要ありませんので、どんな字を当てるかは自由です。しかし、つい字のイメージに引っ張られてしまいませんか? 意味に依って漢字にはイメージがありますので、そこを拘りたくなるのが日本人のらしいところです。例えば、「きた」を「喜多」としたり、子供の名前に「優」や「花」等の好字を使ったりして良いイメージを醸し出しています。逆に、ヤンキーが「死」「苦」を使いたがるのも、尖りの表れでしょう。
正式な熟字訓や当て字って何?と議論になることがありますが、そんなものは無いと思います。強いて言うなら、大衆が慣用的に使うようになったものが一般的と言えるくらいです。「東京」を「にほんのちゅーしん」という熟字訓で読んでもいいし、「ドッペルゲンガー」を「独増幻我」と当て字してもいいんです。ただ、個人的な漢字遊びは他人には解釈できないものがありますので、創作に用いる際はルビを振ることをお忘れなく。
あと大事なこと! 熟字訓は、熟語でそう訓読できる1セットになっていますので、分解したらそうは読めません。「薔薇」を分解して「薔(ば)」とか「薇(ら)」とか読む人がいますが、それはキラキラネーム以上に意味が解りません。分解したら、「薔(ショク・ショウ・みずたで)」「薇(ビ・のえんどう・からすのえんどう・ぜんまい)」です!
車(くるま)からタイヤを外したら「く」と「るま」に別れますか? 別れませんね。それと一緒です。
形が美しい漢字は?
字形がイイ感じの漢字ってありますよね。うんうん、分かります。「ナイスバディ!」「いいよ、キレてるよ!」って叫びたくなる。字形のバランスは大事ですよね。「厂」「門」とかって、なんかヤダ。秋に生じる心の隙間みたいなのを感じる。
私的黄金比は6:4です。これはあくまでも私の指標ですが、積み重ねた横線と縦線の数が6本:4本なのが丁度良いと思っています。斜め線や点は縦横1本ずつの線と見做しますが、そこら辺は臨機応変に。
6:4はデジタル表記に限らず、手書きした際にも、上手い具合に縦長になるのではないでしょうか。6:4なら約分しろって? 3:2の「日」より、6:4の「晶」の方が美しいでしょうが!
そんな6:4になる漢字を6つの構成から探していきましょう。
偏旁(へんとつくり)
「話」とかですかね。「言」は横線が6本、縦線が2本なので、旁に縦線2本の字が来れば美形です。偏旁構成の漢字は横に膨れやすいです。
冠脚(かんむりとあし)
「罠」なんてどうでしょう。空間的に、下部の撥ねも横線1本分と見做します。冠脚構成の字は縦に伸びやすいです。
垂(たれ)
「原」かな。「小」は縦線3本、横線2本分と見做します。とらがしらの漢字「虎」「虞」とかになると、上部が幅を取りますね。
繞(にょう)
「退」で。しんにょうって、書く人の癖が出ますよね。てか、「にょう」って何やねん。
構(かまえ)
「間」でしょ。縦横の線が判りやすい。構の字は、書く時、スペースに困りますよね。あれ?パーツ入らなくね?ってなる。
単文(単一の字形で構成されている漢字)
「黒」かなあ~。「里+灬」で構成されている字に見えますが、違います。一説に、刑罰として瞼の上に入れ墨を入れられた人の象形文字と言われています。黒いという意味は、そこから派生して生まれたそうです。
逆に、アンバランスな漢字
写経中に見つけた字で、正方形のマスに収めるのが難しかったワガママボディ漢字を2つご紹介します。
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比率15:4。ビッグバーガーの断面図みたいな圧縮度。
字義がどんな髪の毛の様子を表したものなのか気になる。この組み合わせじゃないといけなかったの? 施工主に訊ねてみたいですね。
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比率8:13。さんずいが苦しそう(笑)
むらさきおしどりを表す漢字「𪀦」と同じ字だそうです。異体字かな? 手書きなら筆記効率が悪過ぎる。
気になった漢字
50,000も漢字を書いてみると、面白い漢字が一杯出てきました。その中でも特に興味深かったものを紹介していきます。
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氷柱を漢字一字で書けるのがちょっと嬉しい。
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具体的な料理名にも専用の漢字が在るのですね。
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中国では全ての元素が漢字一字で表されますが、化合物まで漢字一字なのは萌える。
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上見ちゃう。
この様に、意味が判っていない義未詳字は沢山掲載されていました。中には、読みすらも判っていない音義未詳字もありました。
この字は部首がもんがまえですから、建物に関係する字かもしれません。
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今度は下見ちゃう(笑)
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寿司食べたくなる。
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焼き肉食べたくなる。
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「おやつ」って漢字ないの?と、誰しも一度は思ったことがあるのではないでしょうか。こいつです。
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こんな独特な料理にまで専用の漢字が。日本ではまず使われないでしょう。あと、おたまじゃくしの形は食べる気失せる。
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箱の中に箱!的な。ツイートのスクショのスクショのスクショの……ってこんな感じになりません?
西洋の家によくある、扉の下に犬猫用の小さい扉がついているあの様に似ている(というのは望形生義)。
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自殺……。
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BL来たーーー! 色んな意味で興奮しちゃう!
因みにGLは、百合の合字で「𠷡󠄀」が存在します。
漢字の魅力とは?
最後に漢字の基本的なお話を。漢字は3つの要素で構成されています。何でしょうか。それは「領土・国民・主権」です。……すみません、それは国家でした。正しくは「形・音・義」です。形はその文字通り。音は読みです。勿論、音読みだけでなく、訓読みも込みで。義は漢字の意味になります。その3つを持ち合わせて、漢字は成り立っています。
それって、何だか私達に似ていませんか? 形という肉体があって、音という名前があって、義という中枢を為す性格を具え持っている。漢字って、人間っぽい。膨大な数が存在していて、分類しきれそうだけどそうはいかなくて、それぞれに個性がありながら密接に関わり合って共存している。そんな人間の様な親近感に私は魅力を感じます。
〆
今回写経した漢字はたったの50,000字ですが、漢字を広く見れば、その数はもっともっと沢山です。瑣末な異体字を含めればその何倍にも。まだ発見されていないものや亡失(絶滅)したものも含めればその何十倍も。ベトナム国字のチュノムや日本国字である和製漢字のマイナーなものも含めれば何百倍にもなるのかもしれません。
ひらがなやカタカナも漢字の仲間に分類できます。なにせ漢字からできているのですから。
3000年以上の歴史を持つ漢字の世界は謎だらけです。今後、幾世代にこの文字文化が受け継がれ、研究が進められようとも、その謎を解明しきることは不可能でしょう。寧ろ、まだ新しい漢字が生まれたり、特殊な用法が生まれたりして、また新たな謎を生むかもしれません。
嘗ては漢字廃止論なんかが説かれておりました。漢字圏である東アジアの中で、韓国朝鮮はハングルに取って替わり、ベトナムはアルファベット表記になっています。日本は固有の言語がありながらもそれを放棄せず、古代に流入してきた漢字文化と上手く和合し、独自の用法を獲得してきました。その歴史を、日本人として、私は誇らしく思います。
後代に漢字が絶滅の危機に瀕しようとも、焚書坑儒に屈せず、長年に亙って育まれてきたこの文字文化が存続していくことを願って止みません。
オタク風が強くなってきたので、ここら辺で。
最後までご覧いただき、ありがとうございました。