修飾語と被修飾は離さない方が分かりやすいのだけれども、ドラマチックさはなくなるなぁ
書いている時は頭の中のワーキングメモリに情景なり論理なりが展開されているので、文章中の単語の位置が適当でも、書いている本人は気にならないことがあります。
しかも、筆(キーボード)がのっていて、すらすらと書けているときほど気になりません。
ですから、書いた文章と距離を置いて、ワーキングメモリがクリアになった状態で推敲する必要があります。
特に、修飾語は被修飾語の直前に置いてあげなければ意味を読み取りにくいのですが、スラスラ書いているときには離れていても気にならないのです。
例えば以下の例です。
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ウクライナ侵攻のニュースが入ると急激に、それまで小幅な上昇だった金の価格が上がり始めた。
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なかなかに臨場感がある文章なのですが、つい戻り読みしてしまいます。「急激に」が早く出てきてしまったために、「急激にどうしたのか」把握しにくいのです。
やはり修飾語は被修飾語の直前に置いてあげるのが分かりやすいでしょう。
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ウクライナ侵攻のニュースが入ると、それまで小幅な上昇だった金の価格が急激に上がり始めた。
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次の例も多く見られますが、ここでは2箇所離れています。
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なぜ、あれほど頑なに飲み会の誘いを断っていた彼女が、今日は参加したのだろうか。
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このような順序で書きたくなる気持ちは分かります。
「なぜ」という疑問を冒頭に置くことでドラマチックな印象を与えたいのでしょう。たしかに、技巧として敢えてこのような書き方もありますので、一概に否定できません。
しかし、この文章では「なぜ」と「あれほど頑なに」が係る言葉が離れてしまっているため、一瞬意味を把握できなくなります。
次の様に係る言葉を受ける言葉の直前に置けば、意味は把握しやすくなります。
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飲み会の誘いをあれほど頑なに断っていた彼女が、今日はなぜ参加したのだろうか。
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ただし、ドラマチックな印象はなくなってしまいますので、時と場合によっては、係り受けの距離を引き離す技法もありかもしれません。