長崎・生月島に伝承されている「三つの歌オラショ」について
長崎・生月島の「三つの歌オラショ」について
元楽譜(グレゴリオ聖歌・四線譜)と日本語訳詞と新たな伴奏譜作成
はじめに
長崎・生月島に伝承されている「オラショ」の中に三つの歌を伴った「歌オラショ」が存在する。他の「オラショ」は祈りの様に唱えるだけだが「三つのオラショ」には歌(曲)が付いていて、歌詞と共に唱える「歌オラショ」と言われている。
長崎の外海、五島、生月島のカクレキリシタンの研究は、昭和の初め頃から先駆者の田北耕也氏や片岡弥吉氏、古野清人氏、宮崎賢太郎氏、皆川達夫氏、中園成生氏、また地元に生活する郷土史家たちにより研究が継続されてきた。
皆川達夫氏はカクレキリシタン研究の延長として、カクレキリシタンに伝承されている『おらしょ』で唱えられている祈りの元曲である音楽・グレゴリオ聖歌に着目して、オラショの元曲になっているグレゴリオ聖歌を中心に研究をされた。特に1605年(慶長10)長崎で刊行された『サクラメンタ提要・manuale ad Sacramenta』の成立、構成、記譜法等について詳しく解説され纏められた論考を『洋楽渡来考・キリシタン音楽の栄光と挫折』日本キリスト教団出版局より2004年11月に出版された。
『洋楽渡来考・キリシタン音楽の栄光と挫折』の内容は3部で構成されている。
第1部『サクラメンタ提要』について。
第2部『東京国立博物館蔵『キリシタン・マリア典礼書写本(耶蘇教写経)』について。
第3部『生月島のカクレキリシタンの祈りとラテン語聖歌』について。
特に2つの原本・第1部『サクラメンタ提要』第2部『キリシタン・マリア典礼書写本(耶蘇教写経)』に掲載されている『おらしょ』の元曲であるグレゴリオ聖歌について詳しく解説されている。
第3部の『生月島のカクレキリシタンの祈りとラテン語聖歌』については、何度も生月島へ取材で訪れて、当時のカクレキリシタンの帳方(水方・キリシタンの纏め役・洗礼等を授ける長老格の方)から聞き取り調査をされ、また、生月島に伝承されている「三つの歌オラショ」を何度も録音をされ、その録音された資料から「らおだて」と「なじょう」の原曲が、現在のグレゴリオ聖歌に掲載されている2つの聖歌『総ての国よ、主を讃美せよ・Laudate Dominum omnes gentes』(詩編117編)、『今こそ御言葉に従い Nunc dimittis』(シメオンの讃歌(ルカによる福音書 2章29~32節)であることを付き止められた。
2つの聖歌『総ての国よ、主を讃美せよ・Laudate Dominum omnes gentes』(詩編117編)と『今こそ御言葉に従い Nunc dimittis』(シメオンの讃歌)は、共に第三(フリジア)旋法の属していて、ほぼ同様の旋律を持ち、終止音が異なる特徴を持っている。
終止音の違い(旋律はほぼ同様の旋律)
『今こそ御言葉に従い Nunc dimittis』(シメオンの讃歌)は、ソ(G)
『総ての国よ、主を讃美せよ・Laudate Dominum omnes gentes』は、ラ(A)
禁教令に伴い口伝のみで聖歌を伝え継承してきたため、ある地区では2つの聖歌を同じ旋律で歌っている。徳川時代260年に渡り、命を懸けて秘かに伝承したことを考慮すれば、この現象は致し方ないことであり些細なことである。それと同時に歴代のカクレキリシタンの払ってきた多大な努力に対して、ただただ敬服と尊敬の念を抱いている。
『ぐるりよざ・O gloriosa Domina』は、現在我々が使用している「グレゴリオ聖歌」には掲載が無い。独特の旋律と三拍子のリズムを持つ讃歌(イムヌス・Hymni)であり、独特の三拍子のリズムを持つことから、1605年(慶長10)長崎で刊行された『サクラメンタ提要・manuale ad Sacramenta』の中の第15曲『かかる尊き秘跡を・Tantum ergo Sacramentum』の旋律と三拍子のリズムに類似していることから、スペインのイベリア半島地方に伝わっていた固有の讃歌ではないかと推測されていた。
『サクラメンタ提要・manuale ad Sacramenta』
第15曲『かかる尊き秘跡を・Tantum ergo Sacramentum』について
ミサの中での「聖体拝領」の前の「聖体顕示」等の折に歌われる、聖体(キリストの体を象徴するパン・ホステア)を称える有名な讃歌(イムヌス)。
聖トマス・アクィナス作詞の聖体を讃美するための聖歌。本来は「Pange lingua」(歌え、舌よ)6節の有節聖歌の中の5節、6節が独立してひとつの聖歌となり、聖体の祝日の挽歌に歌われるようになった。聖木曜日の聖体安置の式の行列、聖体の祝日の行列、聖体讃美の聖歌として歌われている。この曲は聖体降福式の時にも歌われる。
① 日本に於いて最初は、最も古く最も正統的である第3フリギア旋法のイタリアで歌われていた旋律が用いられていた。グレゴリオ聖歌の954~955頁に記載されている旋律である。第3フリギア旋法
*イタリアの旋律のTantum ergo Sacramentumの旋律 954~955頁
② しかし、1605年(慶長10)長崎で刊行された『サクラメンタ提要・manuale ad Sacramenta』の中の第15曲『かかる尊き秘跡を・Tantum ergo Sacramentum』の旋律には、スペインで歌われていた旋律が新たに採用されている。この旋律はスペインのイベリア半島地方に伝わっていた固有の讃歌で、当時スペイン系の宣教師が日本に多く派遣された背景もあり、当時スペインで主流となっていたスペインのイベリア半島地方に伝わっていた固有の讃歌の旋律が採用された。第5リディア旋法 1852頁
この旋律は『サクラメンタ提要』に採用されている旋律の、スペインで歌われていた原旋律である。曲の頭に Cantus Hispanus スペインの聖歌と明記されている。第5リディア旋法
*スペイン系のTantum ergo Sacramentumの原旋律 1852頁
⓷ 1605年(慶長10)長崎で刊行された『サクラメンタ提要・manuale ad Sacramenta』の中の第15曲『かかる尊き秘跡を・Tantum ergo Sacramentum』に採用されているイベリア半島固有の旋律と三拍子のリズム。
*洋楽渡来考 皆川達夫著 104頁 旋律と三拍子のリズム。楽譜C・参照
『私(皆川氏)の胸中にはまだ、未解決のシコリが残っていた。生月島の3つの「歌オラショ」の内、20世紀の聖歌集に見当たらない「ぐるりよざ」について、果たして自分が比定した聖歌旋律でよいだろうか。それを決定づけるオリジナル史料を探し出してこそ、はじめて本格的な調査になるのではないだろうか。この課題に答えるべく、ヨーロッパの図書館を歴訪して「ぐるりよざ」の原資料を探し求める旅を重ねた。
ローマのヴァチカン図書館を重点的に何回にもわたって調査したが収穫なく、やっと7年目の1982年(昭和57年)10月にスペインのマドリード国立図書館で、それらしい16世紀聖歌集の書名をカードで見つけ出すことができた。請求した本を司書から渡された瞬間、これに相違ないと直感した。震える手で1頁、1頁、開いてゆく・・・
紛れもなく生月島の歌オラショ「ぐるりよざ」の原曲となったラテン語聖歌『オー・グロリオザ・ドミナ・O gloriosa Domina』夢にまで見たマリア賛歌の楽譜が記されていたのである。
それは現在流布している標準的な聖歌ではなく、16世紀のイベリア半島だけで歌われていた特殊なローカル聖歌であった。それがこの地域出身の宣教師によってほぼ400年前に日本の離れた長崎の小島(生月島)にもたらされ、厳しい弾圧下のキリシタンたちによって命を賭けて歌い継がれ今日に至ったのである。この厳粛な事実を知った私は言い知れぬ感動に捕らわれて、スペインの図書館の一室で立ちすくんでしまった。』
*洋楽渡来考 皆川達夫氏 あとがき 626~627頁より 日本キリスト教団出版局
演奏するにあたっての楽譜化
生月島の「三つの歌オラショ」を『キリシタン時代の聖歌』としてコンサートで歌ってきた。皆川達夫氏の「洋楽渡来考」に中の590~591頁にマドリード国立図書館で見つけられた単旋律の楽譜が掲載されている。歌の楽譜と伴奏譜を創る際に、この原譜を基にした。
私と伴奏者の花岡聖子は、グレゴリオ聖歌独自の教会旋法を基本として旋律に和声付をしてコンサートで演奏してきた。演奏を目的としているため、自分たちに判るだけの手書きで十分な楽譜だったが、この度楽譜を希望する方、演奏したいと希望する方からの問い合わせと要望に応えるため、甥の髙田雅弘君の協力を得て楽譜化することができた。
基本的にラテン語で演奏しているが、聴く方に更によく理解していただくために、敢えて日本語歌詞を付した。日本語訳も充分にこなれているのか、伝わっているかどうかも気がかりである。この訳の方が歌いやすいと思われるのなら自由に変えて歌っていただき、最良の訳詞にして頂ければ嬉しく思っている。
十分とは言い難い伴奏譜だが、この機会に希望する方に提供することができた。この楽譜は私と花岡聖子が教会旋法に即して制作した伴奏楽譜であり、和声を御自由に変えて叩き台として使っていただき、どの様にでも変更して使用して頂けたら幸いと考えている。
伴奏譜を作成するときは、原譜・四線譜、ヴァチカン版、日本のカトリック聖歌集等の、既に出版されている楽譜を参考にして、なおかつグレゴリオ旋法に即した和声付けを基本としていただきたい。基本的和声法を無視した伴奏譜では、良い伴奏は生まれないからである。
グレゴリオ聖歌の伴奏譜について
基本的にグレゴリオ聖歌は単旋律であり、修道士(あるいは聖職者)たちが同じ旋律を集団で歌う事(斉唱)で演奏されている。稀に伴奏付きのCDもあるが、基本的には無伴奏である。現在でもグレゴリオ聖歌を購入したら、大抵は無伴奏の斉唱だけのCDである。
ヴァチカン出版局からグレゴリオ聖歌の伴奏付き楽譜・Accompagnement du Kyriale Vatican が出版されている。季節事に演奏される中心となる大事なミサ曲に伴奏が付けられている。伴奏の和声付はHenri Potironが責任者になっている。出版元はDesclée&Cie社。
日本では『カトリック聖歌伴奏集』光明社から出版されている。
『カトリック聖歌伴奏集』の中に「ラテン語聖歌」として245~313頁までがヴァチカン出版局からのグレゴリオ聖歌の伴奏付き楽譜が採用掲載されている。
四線譜・グレゴリオ聖歌・ヴァチカン版と『カトリック聖歌伴奏集』の調性の違いについて
日本の讃美歌とヨーロッパ・イギリス・ドイツ・フランス等の讃美歌を比較したら、日本の讃美歌は、曲にもよるが、日本人の声の高さに合わせて、1度から3度低く移調されている。
これと同じくヴァチカン出版局のグレゴリオ聖歌の伴奏付き楽譜・Accompagnement du Kyriale Vatican も、日本の『カトリック聖歌伴奏集』光明社版よりも高い調整で書かれているため、日本の『カトリック聖歌伴奏集』も日本人の声の高さを考慮して原調と同じに揃えられている。曲にもよるが、1度から3度低く移調されている曲もある。
二つの例題
原譜・四線譜・グレゴリオ聖歌
1,In festis B. Marie Virginis. 1 12世紀、40~43頁
Kyrie初めの音・レ(D)第1ドリア旋法
2,Credo 1 11世紀、64~66頁 初めの音・ソ(G)第4フリギア旋法
ヴァチカン出版局・グレゴリオ聖歌の伴奏付き楽譜・Accompagnement du Kyriale Vatican
1, In festis B. Marie Virginis. 1 40~43頁 kyrie初めの音・ミ(E) # 変ホ短調
2, Credo 1 72~74頁 初めの音・ラ(A) #ト長調
『カトリック聖歌伴奏集』光明社
1,In festis B. Marie Virginis. 1 256~261頁 初めの音・レ(D)♭へ長調
2, Credo 1 266~269頁 初めの音・ソ(G)♭ヘ長調
グレゴリオ聖歌演奏の注意点
基本的に原曲・原調に忠実に演奏(歌うこと)することが最良であるが、グレゴリオ聖歌を歌う時、自分の声に合わない高い音や低い音が曲に出てくる場合は、旋律を美しく歌うことに注意していただくために、歌い手の声の質(高さ)に合わせて移調されることをお勧めする。著しく高い調性や低すぎる調性への移調は、かえって祈りであるグレゴリオ聖歌の本質を誤まる結果を招くことになる。原曲・原調から余り隔たらない調性での演奏であるならば、聖歌の本質を損なうことはない。
グレゴリオ聖歌が歌われなくなったことについて
カトリック教会の1964年の第Ⅱヴァチカン会議で、今までカトリック教会の公用讃歌としてグレゴリオ聖歌が歌うことが1,000年に渡り義務付けられてきたが、この公会議以来、日本でも独自のカトリック聖歌が創作され歌うことが許可された。堰を切ったように日本人作曲家による新しいミサ曲が次々に作られ、教会の中に新しいミサ曲が日本語で歌うことが許され、斬新で新しい息吹が教会を活性化した。素晴らしい音楽による教会改革だった。
半面、今まで教会公用聖歌・音楽として歌われてきたグレゴリオ聖歌は、瞬く間に忘れ去れ、カトリック教会の中でさえ、1964年当時、小学生だった子供たちの世代が、かろうじてグレゴリオ聖歌を歌えるだけとなっている。現在70歳以上の団塊世代の信者はグレゴリオ聖歌を歌えるが、年齢が増すに従って高齢の人々も淘汰されていき、教会の中ではグレゴリオ聖歌は歌われることが無くなり忘れ去られるだろう。50歳代から下の世代の信者で、何人の信者がグレゴリオ聖歌を歌えることができるだろうか。日本人作曲家による聖歌もすでに60年が経過してマンネリ化している現状である。聖歌にも変革が求められ、更に新しい聖歌の出現を時代が要求していることは確かだと思われる。
これからはグレゴリオ聖歌に興味と普遍的価値を見出している人々だけが、新たにグレゴリオ聖歌を学び継承しない限り、グレゴリオ聖歌は、教会の中では聞くことすらできなくなるのではないだろうか。カトリック教会の1964年の第Ⅱヴァチカン会議教会改革により新しく得た物もあったが、逆に歌われなくなった伝統的グレゴリオ聖歌は、自然淘汰的に消滅していっている。失った伝統とグレゴリオ聖歌の余りに大きな損失に、いったい誰が、どの程度、気付いているのだろうか。
*長崎・生月島に伝承されている3つの歌オラショ
「ぐるりよざ」
「おお、栄光の御母よ、星空高くいます・O gloriosa Domina,Excelsa super sidera」
「ぐるりよざ」は長崎・生月島に伝承されている歌オラショの中の有名な聖歌。「ぐるりよざ」は聖母マリアを讃えるスペイン由来の聖母マリア讃歌である。1500年代スペイン・イベリア半島固有の聖母マリア聖歌。
元譜は『洋楽渡来考』皆川達夫氏 590~591頁 日本キリスト教団出版局 参照
☩ ラテン語・おお、栄光の御母よ、星空高くいます・O gloriosa Domina,
1 O gloriosa Domina,Excelsa super sidera, Qui te creavide, Lactasti sacro ubere.
2 Quod Heva tristis abstulit, Tu reddis almo germine; Intrent ut astra flebiles, Caeli fenestra facta es.
3 Tu Regis alti janua,Et porta lucis fulgida; Vitam datam per Virginem Gentes redemptae plaudit.
4 Gloria tibi Domine, Qui natus es de Virgine, Cum Patre et Sancto Spritu
In sempiternal saecula. Amen.
【歌詞】
1 おお、栄光の御母よ、星空高くいます、御子なるイエスを清い乳房で育まれた
2 エヴァが作った罪咎(とが)、恵みで贖い、嘆く人のため、御国への道を示された
3 御国の王の扉と光輝く門、購われた人々よ、マリアを称えて讃美せよ
4 マリアより主は生まれた、主に栄光あれ。御神と聖霊に栄光と賛美、限りなく
単純な4節の有節形式による讃歌(イムヌス)で、軽快な三拍子を持ち、旋律も平易で聖母マリアを讃える讃歌である。旋律は平易であるが、どこか物悲しい哀愁を帯びた旋律は魅力的である。
『サクラメンタ提要』の中の「聖なる秘跡」も、同様の軽快な三拍子を持つ旋律が掲載されている。「おお、栄光の御母よ」は「聖なる秘跡」同様スペイン系宣教師たちのイベリア半島固有の地方性と独自性の色濃い旋律が、生月地方のキリシタンたちの心を深く魅了して「歌オラショ」として450年間、秘密裏に伝えられ現在まで伝承されてきた。
聖なる秘跡 (Tantum ergo・第15曲目 1300年頃)スペイン・イベリア半島固有の聖歌には、もう一つ同様の三拍子を持つ「聖なる秘跡」が存在する。『サクラメンタ提要』の中の「聖なる秘跡」にはスペインのイベリア半島固有の聖歌の旋律が採用されていて、スペイン独自の特徴をこの聖歌から聴くことができる。おそらく、この聖歌の選択の裏にはスペイン系宣教師達の独自性と地域性が色濃くこの『サクラメンタ堤要』に反映されているものと思われる。単純な2節の有節形式による讃歌で、3拍子の旋律も平易で記憶しやすく、当時の一般信徒達によって広く愛唱されていたと推測される。
生月島の『オラショ』は、祈りとして唱えられるだけのものが大部分だが「らおだて」「なじょう」「ぐるりよざ」の3つだけが節(曲)を付けて唱えられた。これら3つは「歌オラショ」と呼ばれて区別されている。
「らおだて」
ラテン語の詩編117編「ラウダテ・ドミヌム・オムネス・ジェンテス」
☩ ラテン語・らおだて
Laudate Dominum omnes gentes, laudate eum omnespopuli.
Quoniam confirmata est super nos misericordia ejus, et veritas
Domini manet in aeternum. Gloria Patri et Filio et Spiritui Sancto.
Sicut erat in principio et nunc et semper: et in saecula saeculorum, Amen.
【歌詞】詩編117編
もろもろの国よ、主をほめたたえよ、もろもろの民よ、主をたたえまつれ。
我らに賜るその慈しみは大きいからである。
主の誠はとこしえにたえることがない。主をほめたたえよ。
栄光が御父と御子、聖霊にありますように。
はじめにそうであったように、今も、いつも、世々に至るまで。アーメン
Laudate Dominum Omnes Gentes「もろもろの国よ、主を讃美せよ」に栄唱が付されて歌われる。「ラウダテ・ドミヌム」は第3旋法(フリジア旋法)に属している。
使用した楽譜の出典は『グラドゥアーレ・トリプレクス・Graduale Triplex 』(1979年ソレム修道院出版)167頁 Tonus 1 第Ⅰ(ドリア)旋法
楽譜挿入 原譜 日本語訳 伴奏譜
詩編唱(Psalmorum)定式という、詩編を歌うときに付けられる独特の旋法の歌い方に属し、古くはユダヤ教の時代からの旋律形式に由来している。
詩編の各節は、詩編の持つ構造に対応して対を成すように、前半句と後半句がひと続きで歌われる。独特の発唱句で前半句を歌いだし、同音の朗誦音の上で祈る様に続けて唱え、中間句でいったん止り、その後、後半句を同音の朗誦音の上で唱えてから、終止句へと下降して歌い終わる形式の事を言う。
「なじょう」
「シメオンの賛歌」と称される讃歌。Canticum Simeonis.
ルカによる福音書2章29~32節に記されている預言者シメオンの讃歌。
☩ ラテン語・なじょう・シメオンの讃歌
Nunc dimittis servum tuum,Domine, secundum verbum tuum in pace:
Quia viderunt oculi mei salutare tuum: quod parasti ante faciem omnium populorum:
Lumen ad revelationem gentium et gloriam plebis tuae Israel.
Gloria Patri, et Filio, et Spiritui Sancto. Sicut erat in principio et nunc, et semper, Et insaecula saeculorum, Amen.
【歌詞】
主よ、今こそ、あなたは御言葉のとおりに、この僕を安らかに去らせてくださいます。私の目が今あなたの救いを見たのですから。
この救いはあなたが万民のまえに御備えになったもので、異邦人を照らす啓示の光、み民イスラエルの栄光であります。
「ヌンク・ディミッティス Nunc dimittis」は第3旋法(フリジア)に属している。
使用した楽譜の出典は『グラドゥアーレ・トリプレクス・Graduale Triplex 』(1979年ソレム修道院出版)271頁 Canticum Simeonis.
楽譜挿入 原譜 日本語訳 伴奏譜
「ヌンク・ディミッティス Nunc dimittis 今こそ御言葉に従い、この僕を安らかに去らせてくださいます。私はこの目であなたの救いを見たのですから」Nunc Dimittis シメオンの讃歌。ルカによる福音書2章29~32節
エルサレムの神殿でイエスに会った預言者シメオンの讃歌に、結びに栄唱が付けて歌われる。
生月島で伝承されている「ヌンク・ディミッティス Nunc dimittis」は、グレゴリオ聖歌のシメオンの讃歌の原旋律とは多少異なっているが、時代を経ているうちに徐々に変化したものと考えられる。
同じく「らおだて・Laudate Dominum」詩篇117篇も、シメオンの讃歌と同じ時代の変化を経て徐々に変化してきた。
しかし生月島で二つの聖歌が紙に書き写された「おらショ」としての歌詞だけで、旋律が楽譜として伝えられていないことを考えると、カクレキリシタンとして命を懸けての伝承、それも暗記による口伝だけで、旋律だけがよく400年の時を超えて忠実に伝承されていることに驚かされる。
Canticum. 福音的讃歌・福音の歌(カンティクム)
ルカによる福音書から引用されていることから「Canticum福音の歌」と呼ばれている。
1 Magnificat マニフィカト・聖マリアの讃歌。ルカによる福音書1章46~55節
2 Nunc Dimittis シメオンの讃歌。ルカによる福音書2章29~32節
3 Canticum Zachariae ザカリアの讃歌。ルカによる福音書1章67~79節
「マニフィカト」
聖母マリアの讃歌。Canticum B.Mariae Virginis.
「Magnificat anima mea Dominum・私の魂は主を崇め、私の霊は救い主なる神を讃えます」ルカによる福音書1章46~55節によるマリアの讃歌。
受胎告知を受けたマリアが、エリザベトを訪問した際に、エリザベトから祝福を受け、マリアが答えて唱えた讃歌。
聖務日課に含まれていて、毎日の晩禱(晩の祈り)で歌われるが、聖務日課以外でもよく歌われる。西教会では5世紀ころからザカリアの讃歌、マリアの讃歌を晩祷で用いて来た。
☩ ラテン語・マニフィカト・聖母マリアの讃歌
Magnificat anima mea Dominum,
Et exsultavit spiritus meus in Deo salutary meo.
Quia respexit humilitatem ancillae suae: ecce enim ex hoc beatam me dicent
omnes generationes.
Quia fecit mihi magna qui potens est: et sanctum nomen ejus.
Et misericordia ejus a progenie in progenies timentibus eum.
Fecit potentiam in brachio suo: dispersity superbos mente cordis sui.
Deposuit poyentes de sede. Et exaltavit humiles.
Esurientes implevit bonis: et divites dimisit inanes.
Suscepit Iarael puerum suum, recordatus misericordiae suae.
Sicut locutus est ad patres nostros, Abraham et semini ejus in saecula.
Gloria Patri,et Filio, et Spiritui Sancto. Sicut erat in principio,
et nunc et semper, et in saecula saeculorum. Amen.
【歌詞】
私に魂は主をあがめ、わたしの霊は救い主なる神を讃えます。
この卑しい女をさえ、心に掛けてくださいました。
今から後代々の人々は、私を幸いな女と言うでしょう。
力あるかたが、私に大きなことをしてくださったからです。
その聖名はきよく、その憐れみは、代々限りなく、主をかしこみ恐れる者に及びます。
主は御腕を持って力をふるい、心の思いのおごり高ぶる者を追い散らし、権力ある者を王座から引き下ろし、卑しい者を引き上げ、飢えている者を良い物で飽かせ、富んでいる者を空腹もまま帰らせます。
主は、憐れみをお忘れにならず、その僕イスラエルを助けてくださいました。私たちの祖父アブラハムとその子孫とをとこしえに憐れむと約束なさったとおりに。
神の恵みが人に注がれて満たされた人は聖母マリアである。聖母マリアと言われるが、イエスの母マリアは人間であり神ではない。人が神になることはできない。しかし、神の恵みに満たされてマリアは主イエスを体内に宿す特権を神から与えられた。エリサベツは『主の母上が私の所に来て下さるとはなんという光栄な事でしょう』とマリアに祝福を贈っている。
ルカによる福音書1章42~44節
エリサベツの祝福に答えてマリアは有名な『Magnificat・マリアの讃歌』を歌っている。ルカによる福音書1章46~55節
『Magnificat・マリアの讃歌』は当時も同じ旋律で歌われていた。
現在東京国立博物館所蔵『キリシタン・マリア典礼書写本(耶蘇教写経)』に中に『Magnificat・マリアの讃歌』が収められている。第一部『聖マリアの連祷・Litaniae』、第2部『晩禱』、第3部『終祷』で構成されていて、その第2部『晩祷』の中に『Magnificat・マリアの讃歌』が含まれている。
また生月島に伝承されている3つの「歌オラショ」と共に、今は唱えるだけだが『まにへか』として伝えられている。この「まにへか」には結びに栄唱が付けられる。
グレゴリオ聖歌(原譜・四線譜) 第3旋法(フリジア旋法)に属している。Canticum B.Mariae Virginis. 209頁
使用した楽譜の出典は『グラドゥアーレ・トリプレクス・Graduale Triplex 』(1979年ソレム修道院出版) Desclee&Socii Misasa Pro Defunctis
楽譜挿入 原譜
『第8(ミクソリディア)旋法によるマニフィカト』
アントニオ・デ・カベソン・Antonio de Cabézon(1510~1566年)作曲
「第8旋法によるマニフィカト」に使用されている四線譜原譜
1節は最初の旋律が使われる。その後オルガン独奏が挿入される。第2節からは第2段目の2節の旋律が使用される。
通常、多くの楽曲には下記の 第3(フリギア)旋法が使われている。第3旋法では同じ旋律が繰り返し使われている。
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