ネジの発明
現代社会は驚くほどの速さでインフラ整備など、社会生活を営む上でのハード面の刷新がおこなわているが、原初的な意味で、人類社会の文明においてはいくつかの重要な発明があった。
火の利用、文字の発明、車輪の発明、などなど枚挙にいとまがないが、それらの発明のうちでも割と重要だったと思われる、ネジについて考察したいと思う。
ネジという構造はいやはやとんでもなく優れた機構である。
現在、ネジはほとんど全て工業生産で賄われているが、その機構の利用はほとんどあらゆる分野に拡散している。
木ネジのような、雌ネジを必要としないネジもあれば、ボルトとナットの組み合わせのように、雄ネジと雌ネジを、両者間のいわゆる公差を含めた数値で、加工、製造されるものもある。
全ての発明に対してあてはまるものではないとも思うが、しかしながら、多くの場合、ある発明に関してアイデアを発想するきっかけになるような、具体的な先行者がいたり、有ったりするものである。
僕が個人的に考えているのは、ネジの元となった先行者は植物である、という仮説である。
きっと既に、どなたかが提唱されているかも知れないが、それらを逐一調べるよりも、自分で個人的に仮説を考えてみる方が楽なので、ここに書き進めてみたいと思う。
なのでもちろん、学会に発表するための新仮説でもなければ、それに見合った内容でもレベルでもない。
僕がネジ以外で螺旋回転を発見したのは、実はニンジンの成長過程である。
栽培植物のニンジンのことである。
ご存知の方も多いと思うが、ニンジンの葉にはキアゲハが産卵しにやって来る。そして、卵から孵った黒い縞模様のあるイモムシは、ニンジンの葉っぱだけを好んで食べる。
以前、家庭菜園に熱中していた時期があった僕は、栽培しているニンジンにキアゲハの幼虫が数匹とりついていることに気が付いた。
ニンジンの株から数本、枝分かれして伸びている茎のうちの一本が、もうほとんど下半分の葉っぱ全てをイモムシに食い尽くされようとしていた。
数日後に、キアゲハの幼虫にたかられたその同じニンジンを見てみると、すでに青々とした葉っぱを茎の下側に茂らせていて、その成長の速さと太陽の力に、僕は感心したのだった。
しかし、よくよく見てみると、キアゲハの幼虫は、同じ株の後ろ側に廻っており、さらによく見てみると、幼虫のいる茎の隣にある茎は、もう葉っぱがほぼ完全に食い尽くされていた。
数日前に幼虫を発見したときはほぼ真南側に位置していた茎は、数日後、西側に移動していたのだ。
ということはつまり、ニンジンが株ごと時計回りに廻ったのではないか、とそこで思い至った。
ニンジンが太陽光をより多く浴びたいがために、自身の身体の捻りながら懸命になって太陽に向かって枝分かれする茎を広げようとしていたのだ、と僕はそのとき考えた。
またしばらく時が経って、ニンジンを収穫できる頃合いになったころ、また別の現象を目にした。
間引き忘れて、二つの株が隣り合うように近くで生育した2本のニンジンが、地面の中でお互いが二重らせんを描くように絡み合って生育していたのだ。
なんとも仲睦まじいニンジンだな、と思ったが、ふとある疑問が湧いた。
二重螺旋構造で有名なものに、生物の細胞の核の中に有る DNA がある。
DNA の二重螺旋は、驚くほど微小なスケールの中で極めて正確に生み出されている。
なぜ、DNA の構造が螺旋でなければならないのかは、ぼくの知るところではないが、しかし、その構造を産み出すために、ものすごく複雑なシステムに依存しているとは考えづらい。
むしろ、極小のスケールのなかで、正確に貫徹できる極めてシンプルで、ミスの起こりにくい構造であるからこそ、数十億年ものあいだ、生物の細胞核は、二重螺旋構造の DNA を今日まで携えて来たのだ。
DNA 構造以外には、たとえば精子の尻尾も、回転する螺旋型スクリューで達者な泳ぎを実現している。
精子は魚のように身体くねくねヒレをパタパタさせて泳いでいるわけではなく、螺旋の尻尾を永久回転運動させながら泳ぐのだ。
回転方向に対して垂直の推進力を産み出す。
さて、ではここで話をニンジンに戻そう。
ニンジンは播種のときに、20センチほど土を掘って、そこに種を埋めるのではなく、土の表面に種を置き、ほんの数ミリ程度の土を上から被せるだけで播種は完了する。
つまり、20センチの長さに育つニンジンは、自ら自力で地面に潜ってゆくのだ。
さてさて、ではどうやって小さな小さな種から発芽した双葉とその根が、上方には空に向かって葉茎を伸ばし、反対側では土の中に垂直に根を生育させるのだろうか。
土のほぼ表面に播かれたはずの種が、一体どうやって地面に潜ることが出来るのだろう。
種はシャベルを使えるわけではない、裸一貫である。
たとえば僕らが地面に突っ立って、空に向かって垂直飛びをするとしよう。
よいしょっ、とジャンプしたときに、ぼくらの身体は脚力を利用しながら地面の反動を得て、身体を地面から浮かすことが出来る。
地面を蹴る反力で、身体は上方へと持ち上がる。もちろん、畑の真ん中でやってみても結果は同じである。
ではなぜ、ニンジンの身体は地面のような固いほうに伸びることが出来るのだろう。下に伸びる力は、地面からの反力となって、むしろ垂直上方へ還元されてしまわないのだろうか。
つまり、ぼくら自身がシャベルを使わずに、自分の身体を地面の中へと潜らせようとするのと同じことだ。
土の上に突っ立って、いくらモジモジともがいてみたところで、地面の中に身体ごと潜ることなどぼくらには出来ないではないか。
だがしかし、垂直方向の推進力を産み出す方法がひとつある。
それが回転だ。
精子が尻尾を回転させて、回転方向と垂直な方向へ推進するのと同じように、ニンジンは自分の身体を右回りに回転させることで、シャベルを使わずとも地面に潜っていけるのだ。
大昔、我々の祖先がネジの機構を発明したとき、そこにはおそらく元になった発想として、植物の生育の観察があったに違いないとぼくは考えている。
もちろん、ネジを発明するために植物を観察したわけではない。
何かの理由で、おのずから地面に潜る、植物の神秘に誰かが気付いたのだ。
余談になるが、青首大根など、ニンジンよりもさらに地面の深くまで生育する野菜も、収穫時に左に廻しながら抜くと、途中で大根が折れることなく、わりとすんなり抜けるのだ。
ネジを緩める如くに大根も地面から緩めると、わりと上手に抜けるというお話。
と、ここまでいきんで書き進めては見たものの、全てのあらゆるニンジンが右回転をしながら土の中へと潜っていくのか、僕は知らない。
否、実際は、回転しないニンジンの方が多数派なのかも知れない。
例の、キアゲハの幼虫にたかられた株だけが、右回りをしているようにぼくに錯覚させただけだった可能性もある。
でもまあ、ここまで書いてしまったから、ネジの起源における一つの仮説として、その前座にニンジン右回り潜りを提唱する次第である。
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