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表情作りの話 第二話~万国共通の表情

「コミュニケーション・トレーナー」荒木シゲルです。
前回も書きましたが、私はFACS認定コーダーという資格を持っています。これは表情研究の第一人者、ポール・エクマン氏らが開発したFACSという方法で表情を分析することができる、という資格です。今回はそのエクマン氏らが50年ほど前に存在を明らかにした「万国共通の表情」について書きたいと思います。

「万国共通」の発見

皆さんは万国共通の表情が存在するということをご存じでしたか?
万国共通というからには、世界中どこの国でも、文化、宗教、人種、世代に関わらず誰にでも共通という意味です。その存在を初めて提唱したのは、エクマン氏よりも遡ること100年余り、かのチャールズ・ダーウィンでした。「進化論」で有名な、あのダーウィンです。
ダーウィンは様々な動物を比較して研究した際に、すべての動物に感情の表現や動作に共通点があることに気づきました。例えば、チンパンジーが敵を見つけて戦うとき、全身を力ませて素早く直線的な動きで相手を攻撃します。一方負けを認めて服従するときには、攻撃の意図が無いことを示すために曲線的でゆっくりな動きをします。こういった動きの特徴はライオンでもオオカミでも蛇でも動物なら概ね共通しているのです。
ちなみにこのダーウィンの動作についての考えを、後に舞踊家のルドルフ・ラバンという人が身体表現の理論に発展させています。「ラバノテーション」と呼ばれるもので、舞踊や演技などで応用されています。
こういう全身の動き、筋肉の使い方は、感情の表現やコミュニケーションなど文化的な意味以前に本能に関わるので、生き物の種に関係なく共通しているのです。
表情も顔の筋肉の動きではあるので、戦う特には顔を力ませて沢山の空気を取り込む準備をしたり、服従する際には脱力して争う意思がないことを伝えるなど、共通するであろうとダーウィンは1870年代に「人及び動物の表情について」という本で発表します。生き物の種に関係なくカラダや顔の筋肉の使い方が共通しているのだから、人に限って人種や文化によって表情が異なると考えるのはおかしいといのがダーウィンの考えでした。
ところが、当時はこの考えに否定的な研究者が多かったようです。文明を進化させて社会的な生活をする人類は、野生動物とは違い生活圏によって表情の意味が異なるのが当然ではないか、と考えられていたのです。
実際にそれを証明する人はいなかったのですが、1960年代にエクマン氏と助手のフリーセン氏は資金を得て調査に乗りだします。ダーウィンの考えは誤りで、人の表情は文化によって異なる、ということを証明しようとしたのかもしれません。

私たちが楽しいときに笑顔を作るのは、本能からではなく文化的に培った後天的なものではないか。笑えば相手に自分が楽しんでいるとわかってもらえるので、他の人を真似て笑顔を作っているではないか。
住んでいる国や地域が違っても、映画やテレビドラマの影響で皆同じような表情をするのかもしれない。

そのような疑問を明らかにするために、エクマン氏らは、まったく交わりのない二つの異なる文化圏で表情の調査をすることにしました。
彼らはパプアニューギニアの閉ざされた部族、テレビや映画館もなく、外部の部族とは一切の関わりを持たない僻地の部落に分け入り、アメリカ人の様々な表情の写真を見せたのです。すると現地の人たちはそれらが意味する感情を正しく言い当てました。逆に彼らの表情を写真に収めアメリカに持ち帰り同様の調査をしたところ、同じ結果になったのです。1969年にエクマン氏はこの結果をサイエンス誌に発表しました。
さらにダメ押しの研究があります。エクマン氏の教え子でもある研究者デヴィッド・マツモト氏らは、2004年にアテネで開催されたパラリンピックの選手たちの表情を分析しました。生まれつき全盲、つまり人の表情を生涯一度も見たことのない選手たちの、さまざまな表情を調査した結果、目が見える人たちと共通していました。これにより、特定の感情を示すいくつかの表情は他者の模倣や影響で作られるのではなく本能的に組み込まれたもの、つまり万国共通であると証明されたのです。
研究者の中には別の意見を持つ人もいるようですが、表情研究の分野ではエクマン氏やマツモト氏らの考えは主流なものとされています。

前置きが長くなってしまいましたが、ここからが本題です。
具体的に「万国共通の表情」はどんなものなのか、ご紹介したいと思います。

万国共通の7つの表情

「万国共通に表情」は全部で7つあるとされています。
どんな表情があると思いますか?
先を読み進める前に、よろしければその7つがどのような感情の表情か考えてみてください…
日本では「喜怒哀楽」と言いますね。
(喜ぶ)と(楽しむ)は両方とも「幸福」に含まれますかね。さらに(怒り)と(悲しみ)なりますが、確かに「幸福」「怒り」「悲しみ」も「万国共通の表情」には含まれています。さらに4つあります…

もったいぶらないで話を進めようと思います。
万国共通の表情は「幸福」「怒り」「悲しみ」「驚き」「恐怖」「嫌悪」「軽蔑」の7つです。それぞどのような表情か画像を交えてご紹介します。

まず特別な感情の無いニュートラルな状態をお見せします。これが私の真顔です。

真顔(ニュートラル)

ここをデフォルトとして、表情筋を動かすことで表情が作られます。

幸福の表情

幸福の表情

特徴:
口角があがる
頬が上がる
目尻に皺ができる
※口角を上げるだけではなく、目の周りもしっかり表情が作られている笑顔をデュシェンヌ・スマイル(本当の笑顔)と言います。

怒りの表情

怒りの表情

特徴:
眉毛を中央に寄せる
くちびるをプレスする、または口を開いて歯を見せる
※眉毛を中央に寄せると眉間に皺が寄ります。全顔の筋肉が力んでいる表情です。短い時間だと「怒り」ですが、長い時間作ると「考えている」表情でもあります。

悲しみの表情

悲しみの表情

特徴:
眉毛の中央を上げる
口角を下げる
※私はこの「眉毛の中央を上げる」動きが苦手なのですが、理想は眉毛を「ハ」の字になるくらいに中央だけ上げます。私の表情からもおでこの上の方に横向きのシワがあり、上まぶたの内側が上げられ目が三角形になっているので、眉毛の中央が上げられているのがわかると思います。

驚きの表情

驚きの表情

特徴:
眉毛を全体的に上げる
目を見開く
口を開く
※驚きは「情報収集」をする目的の表情なので、目には力が入り見開きますが、口は力ませずポカンと開けた状態です。

恐怖の表情

恐怖の表情

特徴:
眉毛を中央に寄せて、上げる
口を横方向に広げる
※眉を中央に寄せながら同時に上げているので、眉間とおでこの上部両方に皺ができています。また、寒いときにする表情でもあります。

嫌悪の表情

嫌悪の表情

特徴:
鼻と上唇を上げる
※鼻を上げると、本来鼻の上部に横方向の皺ができます。私はこの動きが苦手なので、ズルをして眉毛を中央に寄せて上からプレッシャーを与えて鼻に横向きのシワを作っています。そのせいで眉間に皺が寄っていますが、本来この動きは不要です。また、暑いときにする表情でもあります。

軽蔑の表情

軽蔑の表情

特徴:
左右どちらか一方の上唇、または口角を上げる
※皆さんもご自分でこの表情を作ってみてください。統計的には、左側の上唇を上げる人が多いそうです。

7つの表情の解説

これらを比較すると、うまい具合に形が被っていないのがよくわかります。
例えば眉毛の形に注目してみてください。眉毛に特徴があるのは
「怒り」
「悲しみ」
「驚き」
「恐怖」

です。中央に寄せるのが「怒り」、中央だけ上に引き上げるのが「悲しみ」で、全体的に上げるのが「驚き」、全体的に上げて中央に寄せる、つまり「驚き」「怒り」の眉を同時にすると「恐怖」になります。
上にも書きましたが、「嫌悪」で眉毛が中央に寄っているのは、私が鼻を上に持ち上げる表情がヘタクソなので、本来不要な眉を中央に寄せる動きを加えて近い表情を作っています。鼻を上に持ち上げると横向きのシワができるのですが、上手な人は眉毛を動かさないで鼻を持ち上げることができます。
顔の下半分、口の周りに注目しても7つの表情ですべて形が違うのがお分かり頂けると思います。

表情はコードのようなもの

これら7つの表情は、音楽のコード(和音)のようなものだと私は思っています。例えばCのコードはド、ミ、ソの和音です。Cのコードに合わせてメロディを奏でたり歌を歌うときには、ド、ミ、ソのうちどれか一つの音があれば音楽として違和感がありません。
表情も、全顔で完全な表情を作らなくても、一部だけまたは弱い動きでもその感情は伝わります。
例えば口角を少し上げるだけで微笑んでいるように見え、穏やかな幸福表情に見えたり、少し眉毛の内側を上げるだけで悲しんでいるような印象になります。実際、日常では大きく表情を作ることはあまりありません。
1話目で紹介した「熟考」「興味・関心」「心配」の表情をもう一度見てみましょう。

「熟考」は怒り、「興味・関心」は驚き、「心配」は悲しみの眉毛であることがわかると思います。怒りの表情は考えるときの表情でもあることを上でも説明しました。こういった表情はコミュニケーションを円滑にする効果があり、万国共通の表情はそのための基準となるのです。

さて、この「万国共通の7つの表情」なのですが、一つ重要な条件があります。次回そのあたりの説明をしてゆきたいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました!


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