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レジリエンスと反脆弱性

ひとに反脆弱性について説明するさいに、僕は Netflix における Chaos Monkey の導入事例の話を好んで例に出す。しかしこの例はレジリエンスを語る典型例にもなっているらしい。そもそもレジリエンスと反脆弱性はどういう関係にあるんだっけ?

まずレジリエンス resilience は心理学用語としてすでに広く使われている用語であり、反脆弱性(はんぜいじゃくせい antifragility) はタレブが著書や講演で独自に広めようとしている造語である。レジリエンスは有名。それと比べて、反脆弱性はまだ世の中には広がっていない。googletrend で調べてみたが 50倍の違いがある。

https://trends.google.co.jp/trends/explore?date=all&q=antifragile,resilience

レジリエンスは「ひとがストレスを受けたとき、それに適応したり、回復したり、抵抗したりする能力」のことを指し、ストレスに対する脆弱性 vulnerability の対概念となっている。

一方で、反脆弱性の語は、ひとの心に限らずあらゆるシステムを対象としている。それだけでなく、脆弱性の対概念とはちょっと違う意味が持たされている。

タレブは、脆弱性 vulnerability・頑健性 robustness ・反脆弱性 antifragility の3者を並べてみせる。そして、システムはストレスを受けて回復するのみならず、ストレスを利用してより強くなる場合があると説く。これは、筋トレにおける超回復の概念(高出力によって傷ついた筋繊維が回復時に現状復帰以上に太くなる)に近い。システムがストレスを受けて超回復しやすい性質を持つとき、そのシステムは反脆弱だ。どんなストレスに対しても死なないようなシステムはあり得ない。ストレスを受けてどうなるか?はストレスの種類や大きさ次第である。しかし、同じ種類・同じ大きさのストレスでも、システムによっては破綻するもの、回復できるもの、超回復できるものがある。破綻しにくいものを頑健、超回復しやすいものを反脆弱と言うわけだ。

レジリエンスという語の意味には、タレブが言うところの頑健性と反脆弱性とが区別されず混ざった形で含まれると理解して良さそうだ。

では、頑健性と反脆弱性をあえて区別する価値があるか?

もちろん大きな価値がある。まさにその理由をタレブが上下巻にわたる著書のなかで頑張って説いているので読んでもらいたいところだが、あえて僕にひとことで言わせてもらえば、最大の理由は、頑健性と反脆弱性とでは、目指す方向が正反対になりえるからだ。

雑なイメージで言えば、脆弱な者が頑健を目指すなら「もっとガチガチに鍛え上げろ」「もっと鈍感になれ」という方向になり、脆弱な者が反脆弱を目指すなら「もっとやわらかく変化を受け入れよ」「もっと鋭敏になれ」という方向になる。逆でしょう?もしレジリエンスという言葉を使えば、真逆の対策をごっちゃにすることになってしまうわけ。

Netflix における Chaos Monkey 導入事例の評価に戻れば、この例は頑健性というよりも反脆弱性を目指した施策の例だと理解するべき。計算機上に載った情報処理システムと、計算機周辺のメンテナー・開発者を合わせた組織がまとめて施策の対象になっている。この人間・機械混合系組織は、Chaos Monkey の作り出した擾乱を受け取って対策するたびに、自分自身の仕組みについて学び、その取扱いかたを新たに学び続ける。このことが組織系全体をまとめた脆弱性を減らしてゆく。だから、これをレジリエンスと呼ぶのはもちろん間違いではないが、どちらかというと反脆弱性と呼ぶほうがより正確であって、より本質を突いていて、より応用性が高いと思う。



レジリエンスについて wikipedia 記事 



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