「若い」とは怖いもの知らずで「老いる」とは頑なになるということなのだろうか?柔軟で寛容な精神は実は齢によらないと数々の逸話が物語っているのにだ。
『キャンセル・カルチャーとは、気に入らないものに対して早々に見切りをつけ、接触を完全にシャットダウンする最近の若者の傾向を指したものだ。だが、そのような拒絶を伴う姿勢は、社会を良くする活動=アクティビズムにはふさわしくない、というのがオバマの主旨だった。最近の若い(自称)活動家の中には、世の中を変える方法とは、他人に対してできるだけ白黒はっきりさせた判断をすることだと思っている人がいるようだが、オバマからすれば、それはもう十分だ、そんなやり方はアクティビズムとはいわない。実際の世の中は複雑かつ曖昧で、よい人であってもなにかしらの欠点はあるし、敵対している人にも家族はいる。だから、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、といった完全拒絶(=キャンセル)の態度は、厳に慎むべきなのだ。オバマは、社会の変化のためには忍耐が必要だという自説を強調した。~ことのきっかけは、(ベビー)ブーマーに属すると思しき老人が、ミレニアル(世代)とGenZ(ジェンズィー:Z世代)を大人になるのを拒む困った奴らと非難したことだった。誰かは特定されていないけれど、帽子をかぶりポロシャツを来た初老の男性が、ビデオに向かって以下のように熱弁を振るったことがはじまりだ。つまり、「ミレニアルとGenZはピーターパン・シンドロームを患っていて、奴らは大人になろう(grow up)とこれっぽっちも思っていない。若いときに抱いていたユートピア的理想が成人してもなんとか持ち込めると思っている」といって、ミレニアルとGenZに対して、ということは、現在40歳未満の世代を、真っ向からけなしてみせた。誰がアップしたのかをわからないこのビデオに対して、カチンと来たGenZの少年が、「はいはい、わかったから(だまれよ!)じいさん」というかのように、“OK Boomer!”と書き込んだノートを見せつけるビデオを、わざわざその男性の動画の隣に貼り付けてTikTokにアップした。このビデオがあっという間にミームとして、TikTokはもとより、Twitterなどソーシャルメディアの中で拡散された。GenZの間で人気の高いTikTokのように、今どきの動画アプリは、文化伝播力の実践場だ。そのアプリから「新たなスターが生まれる」という神話の再生産に、アプリ開発側のブランド構築の努力の多くが注ぎ込まれる。ビデオアプリは、一種の「新設された劇場」のようなものであり、アプリを作った胴元も、自分たちの「小屋」をスターダムに引き上げてくれるスターを求めている。その意味でクリエイターと開発者の間には、暗黙の共犯関係があり、その上で、アプリ開発者側は、少しでも多くのユーザーを確保しようとグローバルにユーザーを探して、留まることなくインターネット上をスプロールしていく。その結果、国境を越えた「若者世代」というクラスターが実体化させられていく。ミームとしての“OK Boomer!”の伝播には、そのような「エンゲージメント」の拡大を求めるアプリ開発者たちの思惑も後押ししている。世代とはすでにグローバルなものとして想像=観念されている。もちろん、“OK Boomer!”などというフレーズは、ふとした機会に誰もが口にする可能性のある言葉で、そのため、昔から普通に使われていた言葉なのだが、TikTokの映像でミーム化してからは、2019年11月の「今」に特有のニュアンスを帯びるヴァナキュラーな言葉となった。端的に、「老害、勘弁してくれ!」というものだ。10月末にはすでに拡散されていたので、少なくともそれより以前に、オリジナルの動画はアップされていたことになるが、この“OK Boomer!”というフレーズは遂には政治の現場にも登場した。~ミームは、もはや国を越えて広がる。「ブーマー」という言葉にしても、もともとはアメリカで使われていた世代概念だったわけだが、ミームとして拡散しニュージーランドに飛び火した時点で、この言葉には、「頭の固い、がんこで物分りの悪い(30代くらいまでの人たちから見た)年寄りたち」、あるいは、「理性的議論やテクノロジーの意義を理解できない老人たち」くらいのニュアンスが込められることになった。オリジナルの動画では、ブーマーが批判する対象にはミレニアルも含まれていたが、問題の動画を作成したのが少年であったことから、ミレニアルの影は後退し、もっぱらGenZとベビーブーマー、10代後半から20代前半の現役大学生と、リタイアした70代の世代間対決の構図に置き換えられた。どちらも日常的に時間が余っていることが、対立に無用なエネルギーを注ぐことに繋がっている。~なお、年齢区分には調査機関や論者によって1〜2年ズレがあるのに注意。基本的には、生後から10代くらいまでの社会環境が、ある個人のその後の行動様式を水路付けるとする「コーホート効果」に基づく考え方であり、20世紀後半の大量消費社会以後、世代概念は、主にはマーケティングでの利用を通じて連呼されることで、実体性の伴うものとして一般に流布することとなった。世代の境界については、社会的断絶となる大事件や、メディアの変貌などが指標にされることが多い。~このように、“OK Boomer!”というミームは、発生源となった動画こそアメリカ人がアップしたものだったが、そのアップ先のプラットフォームは中国企業のByteDanceが運営するTikTokであり、その動画が国境を越えて流通している間に、老人への抵抗運動の旗印的言葉になり、フーディのようにそのフレーズが記された商品のマーチャンダイジングが進められる一方で、徐々に気候変動問題に対するブーマー世代の無策をなじる、という国際的な政治的意味合いを帯びてきた。驚くべきは、この動きが10月末からわずか1ヵ月あまりの間の出来事にすぎないことだ。インターネット上の現象としてみたとき、このミームの拡散は、様々な立場の人びとの思惑が重ねられた挙げ句に生み出された(生み出されつつある)ものであることがわかる。単純にバズとしてオンラインの世界を浮遊しているだけでなく、マーチャンダイジングを通じてリアルの世界でも目につくようになった。そうして現実社会にも乗り出してきた。~ともあれ、こうして文化の創作まで、ウェブという「空気」の中で「後の先をとる」形で実現されるのが現代だ。そうして、人びとの心のなかに秘する欲望が、フワッと世界に浮上し、具体的な形をとってしまう。ウェブというシステムは、いわばその産婆役のような存在だ。かくして“OK Boomer!”のミームは、実社会における具体的な居場所を見出し、社会的リアリティを持ち始めた。~キャンセル・カルチャーでいう「キャンセル」とは、予約のキャンセルとか、買ったものをキャンセルする、と日常使われるのとまったく同じように、対象との関係性を、それこそコンセントを抜いてブチッとテレビの画面を消してしまうように、完全に絶つことを意味している。キャンセルした後には、そもそもその対象は視界に入ってこない。ないも同然の、断固とした「拒絶」のことを指している。~こう見てくれば、温厚な印象の多いオバマが、珍しくもキャンセル・カルチャーに対して示した強い非難の背後には、こうしたコミュニティを「育てる」ないしは「耕す」ことの意義を、彼自身、シカゴで初めてコミュニティ・オーガナイザーの職に就いて以来感じ取っていたことも影響を与えているのかもしれない。コミュニティの建設は、一朝一夕でできるものではない。なによりも、我慢強さが求められる。人びとの不平不満を減らすためには、まっとうな経済活動が稼働している事実と、そこに人びとが何らかの形で関わっているという実感が必要となる。~だとすればオバマが、経済的な現実社会からは切り離されたウェブ上のコミュニケーション空間の中でのやり取りだけで、人を切り捨てる=キャンセルする態度に、不毛さを感じたとしてもおかしくはない。それだけでなく、この先「不寛容であることが当然である」信頼度の低い社会が生まれてしまうことを危惧して憤っているのかもしれない。たとえてみれば、こうした状況は、悪貨は良貨を駆逐する、という状態に近い。この貨幣の特性に関する知恵の背後にあるのは、量が質を駆逐する状況で、悪貨という物量の根幹にあるのは、噂であり言説であり、つまりはコミュニケーションだ。そのコミュニケーションの本質が前面化したのが現代のウェブなのだ。キャンセル・カルチャーは、オバマの目には「悪貨」として映っている。問題は、“OK Boomer!”に見られたように、そうした言葉は、国境の存在など最初からないかのごとく、地球中を駆け巡ることだ。そうして、世界中の同一世代に同一感覚を植え付けていく。それは、TikTokのような、後発のコミュニケーション・アプリ企業、ソーシャルメディア企業が選択する常套手段であり、先にも触れた「エンゲージメント」の為せる技である。となると、消費社会において商業主義が批判のやり玉に挙げられたのと同じように、この誰であっても巻き込み、いわば共犯者にしようとするエンゲージメント主義にも、そろそろ自覚した対処が必要な頃合いなのかもしれない。キャンセル・カルチャーに対するオバマの非難は、こうしたエンゲージメントの所在をもう一度、人間の物理的条件に根ざした物理的なコミュニティという領域に取り戻そうとする願いから発したものなのである。』
その昔「アメリカで起こった社会現象は10年後に日本でも起きる」と言われてきたが今では10日後くらいなのかもしれない。「若い」とは怖いもの知らずで「老いる」とは頑なになるということなのだろうか?柔軟で寛容な精神は実は齢によらないと数々の逸話が物語っているのにだ。
敵を完全拒絶…若者の姿勢を批判する老害と、それをディスる若者
「OK Boomer」とオバマの現在
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/68732