マインドシェアを獲得するための道筋 - 井領さんから学んだこと(3)
地方の経営者は、現状を問題視していないと前回書いた。存在しない問題を解決しようと手間をかける人はいない。まずは、問題があることを自覚してもらい、解決する動機を持ってもらう必要がある。動機がなければ、ITどころか業務改善という取り組み自体がマインドシェアを得られない。
そこで井領さんが重視しているのが、導入事例だ。そこで使われるツールは、タブレットだろうがスマートフォンだろうが、どのベンダーのSaaSだろうが問題ではない。テクノロジーが商売を変え得ることを知ってもらうこと。自分も商売を変えてみたいと動機を持ってもらうこと。重要なのはこの動機付けであって、使われるツールの種類は後から考えればいい。動機を持ってもらい、業務改善というものにできるだけ多くの意識を向けてもらうこと。業務改善という課題がマインドシェアを獲得できないうちは、ITがマインドシェアを獲得することなどあり得ない。ITは業務改善の手段のひとつであり、道具のひとつでしかないのだから。
魂が正しいと思うことをしたい
効果的な導入事例をできるだけ多く作り、業務改善のメリット(=現状の課題)を意識してもらうこと。そのための活動に時間をかけると井領さんは言うが、はたして井領さんはそれで儲かるのか。私は、厳しいと思う。そもそも先に書いた通り、儲からないからSaaSベンダーは地方の経営者に深く入り込む時間を持たないのだ。それでも井領さんは、地方の中小企業経営者の底上げをしたいと語る。
その理由を端的に表しているのが「魂が正しいと思うことをしたい」という言葉だ。いびつだと思いつつ目先の儲けを追ううちに、自分が本当に目指したものを見失い、会社に行けなくなった井領さんだからこそ、目先の儲けより自分の正しさを貫くことの大切さを知っているのだと思う。
「自分が正しいと思うことをやりたいのと同じくらい、市場に恩返しをしたいという気持ちがあるんです」
SaaS市場の成長が、井領さんの成長を助けてくれた。今度は、井領さんがSaaS市場の成長を助ける番だ。言うは易く行うは難し。それでも、不本意なことを続ければ結局自分に跳ね返ってくることをもう知ってしまった。正しいと思う道を進むことの大切さに気づいてしまった。だから井領さんは困難な道と知っていても一歩ずつ進むことだろう。小さな商店、小さな街、ちょっとずつしか変革できなくても、ゼロよりずっといい。テクノロジーのもたらす恩恵を知ってしまった経営者が非効率な手順に戻ることはないだろう。だから井領さんの一歩がどんなに小さかったとしても、それは積み重なるばかりで、後戻りすることはきっともうない。
(ヘッダ画像制作:重森 夏)