「年収の壁」について:何が本当に壁なのか
■「年収の壁」を誤解すると政策を間違える
「年収の壁」、特に「103万円」の壁をめぐる議論が白熱しているけれど、まず以下の点を押さえておくと、各政党の政策の良し悪しを判断しやすくなるのではないかと思う。
・中低所得層は所得税よりも住民税や社会保険料の負担の方が大きい
・年収の高い人ほど住民税や社会保険料よりも所得税の負担の方が大きくなる
このうち、誰の負担を和らげることを優先するのか。それが政策の選択だ。
具体的には、収入が中くらいの人や少なめの人の負担をなんとかしたいと思うのであれば、住民税や社会保険料の負担を見直す政策が優先されるべきだろう。とりわけ、「年収の壁」でいえば、社会保険料が発生する境目である「106万円の壁」や「130万円の壁」への対策こそ重要になる。
現政府もこの問題に対応した「年収の壁・支援強化パッケージ」というのをやっているのだけど、この「パッケージ」は自発的に手を上げた「企業への助成金」が中心で、働く人に直接届く保障としては弱いので、やはり働く人たち自身を対象とした給付制度に切り換えた方がいいだろう。
https://www.mhlw.go.jp/stf/taiou_001_00002.html
その「働く人たち自身を対象とした給付制度」の1例として、立憲民主党が2024年2月に法案提出した「就労支援給付制度」というものもある。これを今後の与野党間の政策協議でさらに具体化し、法案成立に合意するのが最もメリットが大きいと思われる。
https://cdp-japan.jp/news/20240221_7376
これに対して「給付は嫌です!」「給付より減税の方がいいです!」、あるいは「とにかく立憲が言ってる政策ならその時点で何であっても嫌です!」というこだわりを持っている方もいらっしゃるかもしれないけれど、まず中低所得層ほど所得税よりも住民税や社会保険料の負担の方が大きくて、その負担を軽くしようとしたときに住民税や社会保険料の方式自体を変えるには時間がかかるから、それまでは給付で埋め合わせをするというのは理にかなったやり方だと思う。
所得税の負担の方が社会保険料や住民税の負担より大きくなるぐらいの収入がある人が所得税減税の方を重視するのは分かるけど、そうでない人は住民税や社会保険料の負担をある程度埋め合わせてくれる給付を求めた方が手取りが増えるのに、なぜ自分の実入りを減らしてまで高所得層により有利な制度を求めるのだろう。
103万円の壁(所得税発生)には目が向いても社会保険料発生が発生する年収の壁(こちらは106万円や130万円など複数の種類がある)には目が向かないという人は、もう一度自分の給与明細や納付記録を見直して、いったいどちらが自分の手取り収入により多くの影響を与えているか確認してみた方がいいと思う。
■問題なのは何の壁か
あまり使いたくない言葉だが、「103万円の壁がー!」と言いながら、実際に手取り収入を減少させる106万円の壁や130万円の壁(社会保険料徴収ライン)の解決にはならない政策を大宣伝する政治家や、それを真に受けて異論を攻撃する支持者を見ていると、どうしても養老孟司氏の著書のタイトルが頭に浮かんでくる。
また住民税も、自治体によって多少金額の線引きが違うけれど、東京23区内に住んでいて誰も扶養しておらず年金を払っていない人の場合は「課税所得」が年に45万円以上あれば一律で課税所得の10%が住民税になるので、中間層や「課税所得45万円は超えているけど低収入の部類に入る人」にとってはかなり大きな負担になっている。
一方で所得税の場合は、収入が少しでも基準を上回ると手取りがガタッと減るということが社会保険料や住民税に比べて起こりにくいのは、所得税が「超過累進課税」という制度を採用しているからで、例えば収入が「年収の壁」を1万円だけ超えた場合、所得税の課税対象になるのはその1万円分だけとなる。
これらのことを財務官僚だった玉木氏(国民民主党代表)たちが知らないはずがないので、知っていてあえて煽っているのだと思う。
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_zeisei/czaisei/czaisei_seido/150790_06.html
■(余談)所得税をどう改正するか
所得税の制度を見直すなら、超過所得税率が5%から10%に上がるラインは課税所得195万円よりもう少し高くした方がいいだろうし、課税所得330万円までは税率10%なのに330万円を超えた分は税率が20%に上がるのは、その高い方の税率がかかるのは超過した部分のみとはいえいきなり負担が増えすぎるので、新たに課税所得330万円から500万円あたりの部分に税率15%の段階を挟んではどうか。また、課税所得が900万円を超えると、超えた分の所得税率が23%から33%に上がるのもだいぶ急なので、ここももう1段階か2段階挟んでもいいと思う。
そういうことを考えるのが中間層や低所得層に報いるということであって、「年収の壁」の位置だけ移動させて改革した気になっても解決にはならない。
〈参考資料〉
所得税のしくみ
https://www.nta.go.jp/publication/pamph/koho/kurashi/html/01_1.htm
所得税の税率
https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2260.htm
個人住民税(東京都)
https://www.tax.metro.tokyo.lg.jp/kazei/kojin_ju.html