私の頭の中のサウザー
捨てられていた赤ん坊を拾って、一人で育てようとするある師匠がいた。子どものいなかった師匠はわが子のようにその赤ん坊、のちに聖帝と呼ばれる男、を可愛がって育てた。厳しい修行を重ねる二人の日々は赤ん坊が15歳になるまで続いた。そして南斗鳳凰拳の伝承者宿命の日がやってくる。師匠はサウザーに目隠しをし「次の敵を倒すことで正式な伝承者になる」と告げる。目が見えない中で、敵を倒すサウザー。目隠しを外すと、そこには致命傷を負った臨死の師匠がいた。
絶命した師匠を前にサウザーは半狂乱になって叫ぶ。「こんなに苦しいのなら、愛などいらぬ。」
北斗の拳の名シーンの一つ。サウザーは悲しすぎる悟りを得て、これ以降、死の直前まで、ひたすらに残虐非道の道を歩むことになる。
愛想のない人に会うと、私は、このサウザーのエピソードを思い出す。
「小サウザー発見」と心の中でつぶやいてしまう。
小さな子どもは、抱かれた親の背中越しに、誰に対しても無警戒に目を合わせてくれる。相手の反応など無関係に、誰にでも関心を寄せる。それが、成長するに連れて、次第に目を合わせなくなる。
私にも心当たりがあるのだ。自分は小さな頃、好きな女の子ができると、告白をせずにいられなかった。付き合いたいとか、そういうことではない。自分の気持ちを伝えたいというただそれだけの気持ち、だったと思う。こだまのように同じ反応が返ってくると嬉しい。楽しい。しかし、次第に、同じ反応が返ってこなくなる。時には、こちらが傷つくような反応が返ってくることもある。そんな嫌な思いはしたくない。だから、気持ちをダイレクトに外に出すまえに、躊躇し、考えるようになる。
少し話は変わるが、読書における「黙読」の歴史は浅く、なんと明治以降の習慣だということを知った。それ以前は「音読」が読書の基本スタイルだった。自分の幼少期を振り返ってみると、確かに、音読から読書は始まっていた。一文字一文字の言葉を声にして、やがて流暢な文章としてアウトプットができるようになる。私の黙読は、多分、小学校3.4年の頃から始まった。最初に黙読した時の違和感は今も感覚として記憶している。
多分、幼少期は、心の動きをそのまま外に出すことが普通。よく考えると、言語というものも、もともとそういうもの。コミュニケーションの手段として作られたものが、やがて、意識を言語によって鮮明にしていくツールにもなるという発見があり、多くの人は言語というツールによって、モノを考えるようになる。
もともと感情は、言語のように、内に秘めるものではなく、外に出すことがデフォルト(初期設定)じゃないかと思う。外に出した感情のせいで、嫌な思いが積み重なっていくと、もう「感情を外に出すのはやめよう」ということになる。コミュニケーションの喜びや、傷心を重ねて、人はみな、自分のコミュニケーションのスタイルを確立していく。大なり小なり、誰もが心に傷を負ったサウザーなのだ。
大人になっても、誰に対しても笑顔でポジティブな感情を爆発させる人がいる。大好きな後輩に、そんな人がいて、彼女に会うたび、私の心はいつも癒される。素晴らしい家族や素晴らしい友人たちに囲まれた、本当の意味で、育ちのよい人、愛情をたっぷりと受け取って育った人だと思ってしまうのだ。
昨日、サヨナラホームランを打って歓喜するフランミル・レイエスの姿を見て、そんなことを考えた。