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メイクと熊といつかの小部屋
人前に出る仕事や動画の撮影がある日は、きまって自分でメイクをするようにしている。メイクといってもたいそうなものではなく、大体は下地を塗って、コンシーラーでひげを隠してそれで終わりだ。アイシャドウやリップまで塗ってしまうと他の演者との差で浮くこともあり、あくまで清潔感のために「仕事用」のメイクとして最小限に留めるイメージ。逆にプライベートでは色を入れまくったり、濃い方が断然好みだったりする。コスメポーチに入ったカラフルなパレットを見ていると、それだけで心躍るものだ。
男性としての身体を持ちながらメイクを楽しむ自分のことを、我ながら勝手だなと感じることがある。メイクが女性にとっての身だしなみ、あるいはマナーのように見做されているこの社会で、それは表現でありつつも多くが「強いられる」ものになってしまっている。いくつかのコスメブランドがメンズラインを売り出すようになったり、男性も化粧をする世の中になったという話も聞いたりはするけれど、それもまだ一部に限ってのこと。そんな中で普段「義務」としてのメイクはする必要がなく、ただ趣味として着飾る自分のことを、これでいいのだろうかと思ってしまう。
着飾ることは好きだ。男性らしい体格も、ひげの濃さも、のっぺりとした顔の作りも、私にとってそのままの身体はすべてが煩わしいもので、コンプレックスの塊に違いない。ラピスラズリか何かの宝石みたいにこの体が粉々になって、絵の具の一部になるか、さもなくば溶けてなくなってでもしまえばいいのにといつも思う。ただ、なりたい「何か」を目指して装うとき、生まれ持ったものを肯定できる瞬間も時々はやってきてくれる。可愛い服にあわせてあえてパンク風のアイメイクにしてみたり、普段使うものとは色相環で真逆の位置にあるようなカラーで爪を塗ってみたり。自分という素材の「マイナス」に思える部分も研げば鋭くなって、どこかには刺さってくれるんじゃないかと、あれこれ試行錯誤している時間が楽しい。うまくいかないことも当然多いけれど、鏡の中にいる自分に対して「これだ」と思えたとき、ようやく体を縛る何かから自由になれたような気がする。
先日、外のスタジオでポートレートを撮ってもらう機会があった。以前にトキキルでお世話になったカメラマンのAoiさんが撮影会を開催するというので、思い切ってメイクも含めてお願いすることにしたのだった。前に会ったときは(トキキルの撮影だったので当たり前だけど)Tシャツがメインのシンプルコーデだったので、せっかくだからと自前のロリィタ一式を持ち込む。ロリィタでしっかり写真を撮ってもらうのは初めてのことだったので不安もあるにはあったけれど、SNSを通じて自分のスタイルについては知ってもらえているだろうこと、Aoiさん自身もメイクや衣装制作(!)などの造詣が深いらしいこと知って思い切ることができた。
結果、撮影はとても楽しいものだった。ピンクがこれでもかと詰まった小さなハウススタジオで、撮影前に顔に手を入れてもらう。メイクが上手な人の技を見ていると、「そんなところにも色塗っていいんですか?」という感想が浮かぶ。今回がまさにそれで、自分の装備品スロットそのものが増えたような感覚だった。あまりないタイプの組み合わせだろうに、細かいオーダーまで対応してくれて嬉しかった。出来上がった写真もとてもいい。欲を言うなら、プチプラのままで済ませてしまっているケープやコルセットを、もっと良いものを揃えていきたかったというのはある。ただ、この前ドレスも買ってしまったのでこれはしょうがない。ずっと2〜3年前にライターとして撮ったものをプロフィールに使っていたので、これから何かあったら今回の写真を投げてやろうと思う。
美しさなんていうものは、基本的に暴力のことだ。強大なあまりに枠組みすら見えなくなって、それが何によって定められているかも見失ってしまう。それに、自覚なく振るえば簡単に誰かを傷つけてしまいもする。世間が定める美しさに沿うよう強制されてしまうことを、私は何より恐れている。だからこそ自分が装い着飾ることが正しいことなのか、いつまで経ってもわからないままだ。でも、私にも振るいたい暴力だってある。この世界に気に入らない部分がたくさんあって、覚悟の上でそいつらをぶん殴ってやりたいのだ。それがうまいこと行くのか行かないのか、どうか見守ってやってください。
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