目の前が公園の家の日常
「の」ばかり続くタイトルですみません。
あまり続くのはよくないよな、と思いつつ考えてみましたがいい代替案が思いつきませんでした。
最初の案の【公園の前の家の日常】よりはましかな?と思っています。
さて本題に入ります。
我が家の前は公園です。
道を一本隔てたところに、中途半端な大きさの公園があります。
アパートの2階に住んでおり、窓から公園全体を見回すことができます。
公園といっても古い鉄製の滑り台と砂場があるくらいで、定期的に遊びに来る子どもはいませんし、誰もいないのが普通、といった感じの公園です。
それでも時々、誰かが来ます。
気候がいい日には、保育園の子たちがワゴンに乗せられてやってきます。
下校中の中高校生が公園を横切って、短時間じゃれあって遊んでいたり
サラリーマンが少し汚いベンチで昼ご飯を食べていたり
夕方に肩を寄せ合った学生カップルが帰るのを惜しむように過ごしていたりします。
桜の季節になると、ちらほら人が来て嬉しそうに桜を見て写真を撮っていきます。
珍しく雪が降った日には、親子連れや、小学生、中高生、大人までもが嬉しそうに雪で遊んでいる様子を窓から見ることができるのです。
公園から誰かの声がすると、つい窓から公園を見てしまいます。
向こうは見られているとは思わないでしょうから、そんなにじろじろ見るとのぞき見しているようで申し訳ないので、ちらっと見る程度です。
近年、公園近くでは騒音問題も話題になっていますが、私は気になりません。
たくさんの人が訪れるわけではないし、夜に集まって騒ぎ立てる人もいないのは大きいと思います。
「あっ、だれかきた!あそびにいこう!」
我が家の子どもたちは公園を自分の庭かのように思っていて、子どもの声がするとレースをめくって顔を出し、がっつり覗きます。
そして公園に行こうとせがんできます。
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公園の目の前に住むのは初めてですが、なかなかいいと思っています。
家に一人でいても、外で誰かの楽しそうな声がすると、なぜか私も少しだけ嬉しくなります。
休日というのに、いつものように静かな公園。
公園の主にでもなった気分で今日もこっそり見守っています。