愛する家族の死とこれから
2020年になり新しい時代が幕をあけて、気持ちも新規一転にされた感がある。だが、令和2年なる少し前の12月29日に私の大事な家族がこの世を去った。
2018年の5月過ぎのGWから我が家の一員になった「茶々丸」だ。茶茶丸はハムスターで、ハムスターの中でも小さなサイズのジャンガリアンハムスターという品種だ。大人であれば右手に乗せても隠れるほどで、大きさで言うと「おいなりさん」くらいだろうか。とても小さくて、そしてかわいいハムスターだ。
※この写真は茶々丸が我が家に来た日に撮った写真だ。ジャンガリアンハムスターはほぼサイズも変わらないので、亡くなったときもそんなに大きさに大差なかった。
そのハムスターの茶々丸が12月29日急死したのだ。急死と言っても正確にはその予兆は、亡くなる1ヶ月くらい前から少しばかりあった。
ハムスターの茶々丸の予兆
・あまり自分の部屋から出てこなくなった
・食べる量が全体的に減ってきた
・たまに変な動きをすることがあった
以上のことがあって、1ヶ月ほど前から気になっていた。そこで私もググったりしたのだが、やはりちょっと寿命に近づいている可能性があるということが分かった。
2018年の5月に近くのペットショップで購入したのだが、生まれは確か3月だった。12月末で亡くなるということを考えると、1年と8〜9ヶ月ほどの人生だったと言える。我が家に来てからは、1年7〜8ヶ月ほどになる。
一般的なジャンガリアンハムスターの寿命は2年〜2年6ヶ月くらいなので、少しばかり一般的よりは短い。私としても出来ればこの冬を乗り越えて、2020年の夏くらいまでは生きてほしかった。
しかし、それはかなわぬ希望となってしまった。生かせてあげることが出来なくて「ごめんな茶茶丸」。
話は少し戻すが、気になってはいたものの茶々丸はそんなにも変では無かったので、病院には連れて行かなかった。もし連れて行って入ればもう少し長く生きるの可能性があったかと思うと、私自身の判断に凄く申し訳無さを感じる。
朗らかに分かるような変な感じだと病院に連れて行ったのだろうが、そこまで変で無かったのと、あくまで自分の感覚だったので妻や娘とは意見が違ったりしたのだ。
それを考えると、ハムスターなどの小動物を飼うなら、日々の小さな記録を付けるべきだなと思う。だが普通の人はそこまでしないし、私なんて感覚で生きているのでそこがまた問題点だったと思う。
小動物を飼うなら
日々の小さな変化も記録していくことが重要。
もしこれが娘だったら?もし妻だったら?、多分病院に連れて行っている可能性が高い。もちろん人間なので口に出して伝えてくれるが、小動物のハムスターは言葉で伝えてくれない。だからこそ小さな小さな家族にはより最新の注意を払い、小さな違いもちゃんと記録して対処していれば良かった。
今になって後悔しても遅いのだが、本気でそう思う。亡くなってから茶々丸を土に埋めてあげた。その際も色々と調べたのだが、小動物が亡くなった際には主に2つ別れをする方法があるらしい。
小動物とお別れをする方法
①火葬
②土葬
火葬と土葬だ。火葬の場合は業者に頼んだりして行ってもらって、そこで人間のようにお墓にお骨をお墓に入れることも出来るらしい。土葬はというと、庭に埋めるか、もしくはプランター葬と言うのもあるらしい。
※プランター葬とは、マンション家庭などでよく行われる方法で書いて字のごとくプランターに埋めてあげる方法だ。
どういう風に茶々丸とお別れをするか娘に聞いてみた。すると娘は「土葬」を選択した。やはり燃やすというのには抵抗があるらしい。そこで早速プランター、それに土などを準備して茶々丸とお別れをした。
ごめんね茶々丸
このシーンはもう2度と忘れないだろう。それくらい私達家族は深く、そして辛い出来事であった。
もう、これは今思い出しても涙が出る。茶々丸に「ありがとう」と言いながらも、とても印象的だったのは娘が「ごめんね茶々丸」と言ったことだ。中1の娘が小6の時に飼いだして家族として迎えた茶々丸は、娘の兄弟のようだった。その兄弟が随分早く旅立つタイミングで、一番悲しんでいるのは娘だ。
物心ついてから、そんなにも泣きじゃくる娘は見たことがなかった。映画見ても少し涙し、親戚のおじさんの死でも涙ぐむ程度だったから、あんなにも泣く娘に驚いた。それと同時に泣き上戸の私としても、やはり親子なのかなとも思ったのだ。
妹と娘と新しい家族
私は猫屋敷と呼ばれいた祖父母の家の近くに住んでいたので、猫はずっといたが(今でもいる)自身でご飯を上げたり、メインで世話をするのは人生2度しか無い。1度目は熱帯魚。2度目は猫だった。
1度目の熱帯魚が死んだときもショックで今でもハッキリと覚えているが、2度目の猫に関しては高校生の私としてもあまりにショックすぎた。飼いだして約1年半くらいで心臓病でこの世をさった。この猫「そら」は、道端で捨てられており可愛くてどうしても飼いたくなり、母へ頭を下げて飼い出した猫だ。
6つ離れた妹もお気に入りで、すっかり我が家の家族の一員となった。しかしそれから半年ほどでそらに異変が出た、なんか様子がおかしいのだ。そこで病院へ連れて行くと衝撃の事実を告げられた。それは「先天性の心臓病」だということだ。
私は頭を「ガツン」と殴られたような衝撃が走った。猫でも心臓病はあるらしいのだが、かなり珍しい病気だったようだ。その病気だと分かってから少しして、次第にそらは元気を失っていった。
それからかなり動けなくなり、食べる量も日に日に減り妹が小学校6年生から中学校1年生へ上がるタイミングの春休みにそらはこの世を去った。このときも、私と妹、そして隣に住む従兄弟と3人でそらを囲んで涙し、腫れた目で次の日は大変だった。それを考えると、今回の茶々丸の娘のケースととても被るのだ。
別れが辛いが成長もする
茶々丸で、私の人生でもちゃんとペットを飼い家族として迎え入れるのは3度目になる。何度経験しても、これは辛い。相当辛い。泣いて気を紛らせるしか方法はないのかと思うくらいだ。
だから2度目の猫のそらから、3度目の茶々丸まで私がペットを家族とするのは20年以上空いているのだ。2度目のそらの時にに、私は自分でペットを家族としないと決めたのだ。しかし娘がどうしても飼いたいというのもあり、同時に「死」というものを身近にも感じてほしかった親心もあったりした。
人間は人間と関わることで成長するが、それが対動物でも同じ、もしくはそれ以上だと思っている。それは人間であると「言葉」で通じることがあり、喧嘩することも、仲良くすることもある。
でも動物だと「言葉」が通じないぶん、しっかりとコミュニケーションを取らないといけない。それに動物へはこちらの感情が全てだ。どんなにこちらが怒ろうと、動物としてはいい迷惑なだけだ。だからこそここで根源側の精神的安定や優しさが重要だったりすると私は思う。
そして動物には優しくすることで動物も心を開き、やっと家族として成立するのだ。それくらい対動物は難しい。でもこの線を超えると、完全に家族となる。もうどうしようもないくらい愛してしまい、好きで好きでしょうがない家族となるのだ。
人間と動物の違い
人間と動物とは何が違うのか?
そう、人間は人生80年〜100歳くらいまで何もなければ生きる。それに病気だとしてもいつ死ぬか、どこまで生きるかなんてわからない。分かると言えば「今日は峠ですね」とお医者さんから言われて、もしかして明日死ぬかもと思うくらいだろう。
しかし動物は違う、特に小動物は「ほぼ明確に寿命が決まっている」のだ。言えば飼い出した時点で「余命宣告されているのと同じ状態」なのだ。茶々丸のジャンガリアンハムスターは約2年〜2年半。ということは飼い出した時点でこの日数に向かいカウントダウンしているわけだ。約2年〜2年半と言われ、5年生きるなんてない。約2年〜2年半と言われれば、生きてもこの長さだ。
今回の茶々丸のように2年弱も入れば、ハムスターによれば1年もせず亡くなるケースもあるということをネットで見た。そう、茶々丸はこの2年弱の生涯を一生懸命生きてきてくれたのだ。そして私達家族に、凄まじいほどの人間的成長と素晴らしい思い出を残してくれた。それは感謝してもしきれないほどだ。「ありがとう、茶々丸」
ペットは家族
私が思うにペットは完全に家族だ。家族が亡くなるのだから、涙するしどうしていいか分からず途方にも暮れてしまう。今までの思い出がフラッシュバックしてきて、過去の細かなことまで振り返ってしまう。
それにその思い出というのは、そのペットである家族だけの思い出ではない。家族なのだから、その家族を通じて周りの家族とのことまで全てが思い出なのだ。今回の茶々丸は娘の成長とも重なっている。これがまた感情を大きく動かす思い出となっている。
娘が茶々丸を選んで、茶々丸の世話を始めた時まだ小学校6年生のGWだった。そこから夏が過ぎ、冬になり、そして春になると娘は中学生になった。娘の身長もこの間に10cm位伸びたり、しゃべることもいっちょ前になったりしている。
それらの思い出と茶々丸は完全に重なっているのだ。そして娘の中学生生活も2学期が終わり、3学期へとなる前に愛する家族の茶々丸はこの世を去ったのだ。もう完全に家族となって、家族との思い出と重なり合っている時に茶々丸は天国へ旅立ってしまったのだ。
さいごに
茶々丸とのことをnoteに書くかどうかとても迷った。Twitterでは悲しみを前向きにシェアさせてもらったが、noteで活字で思いを綴るとなるとまた別の話だ。
しかし悩んでいたが、書こうと決めた。それはこのことは私にしか書けない。そしてnoteとして残して、いつでもどこでも見れる状態、思い出せる状態にもしたかった。
それに私の勝手でもあるのだが「茶々丸」という私の家族がいたということを、出来るだけ多くの方に知ってもらいたかった。それは「茶々丸」がこの世に存在したのだということを残し、伝えたかった。
大事な大事な家族と物理的には一生会えなくなって、悲しい表情で毎日を過ごすわけにはいかない。多分、いや間違いなく茶々丸は天国から私達家族を見ている。それがハムスターだとしても、きっと私達家族を見ている。それなのにいつまでもメソメソしては、茶茶丸は安心して天国で大好きなひまわりの種を食べたり、大好きな回し車にも乗れないだろう。
だから私はこのnoteがアップされてからはもう泣かないと決めた。茶々丸のためにもメソメソしてはいけない。前向に笑顔で生きていく我が家族を茶々丸に見せてあげたいから。
※これは茶々丸が最後の夜を迎えた日の様子だ。大好きな部屋から出て、ケースの端っこで苦しんでいた。今回本当に茶々丸に申し訳なかったのは、この「苦しませて」しまったことだ。これには本当心苦しい。申し訳無さすぎる気持ちだいっぱいだ。。。ごめんな、茶々丸。
もし思い出して、またTwitterに茶々丸のことを書くことがあるかもしれない。その時は温かく見守ってくれると嬉しい。きっと茶々丸もそう願っているだろう。