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元理系女子のスピリチュアル産後鬱奮闘記

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「占いはオカルト。信じちゃダメ」とか思ってた元理系女子が、なんだかんだで産後鬱を占いで乗り切った、なんだかんだの体験記です。「いかに私が今の私になったのか」の自分語りですが、よろ…
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#すい臓癌

5-4 母の死

5-4 母の死

 また時間が少し遡るが、母の闘病中に、三人兄弟の一番上の姉が結婚式を挙げた。「母が癌だから」結婚したわけではなく、婚約して、結婚式の日取りが10月と決まったその後に、母の病気が発覚したのだ。

 高校を卒業して早々に家を出て行った、勝手気ままな末っ子の私とは違い、姉はずっと家にいた。真ん中の兄も就職すると会社の寮に入ったらしく、家にはあまりいなかった。姉だけが一人暮らしも経験せず、ずっといた。

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5-3 赤ちゃんと母

5-3 赤ちゃんと母

 話は戻るが、アロマスクールの特別講座で、産婦人科医の池川明先生と「胎内記憶」の話を知った私は、自分自身の妊娠が分かると胎内記憶の本を読み漁った。当時住んでいた地域の図書館にあった池川明先生の著書は全て借りて読んだ。夢中だった。それと同時に、母のために自然療法の勉強もして、アロマの勉強もしていたから、本当に自分自身、妊娠しながら一体どうやって時間を回していたのか不思議である。多分、家のことはほぼ旦

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5-2 無力

5-2 無力

 つわりがひどく、そのつわりが治まっても夏の暑さにやられた私は、九月くらいまで機能不全だった。それでも、母のそばにいたくて、徒歩20分+電車40分+実家の家族の車での出迎え15分をかけて、自宅アパートから実家まで通った。それに加えて、名古屋のアロマスクールにも通っていた。試験勉強もした。試験までに50回、誰かにモデルを頼んでフルボディ施術するという宿題もあったので、それもやった。一体どうやって日々

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5-1 母の、癌

5-1 母の、癌

 私の母は、超がつくほど子供好きな人だった。どれくらい好きかって、末っ子である私が大きくなり、手よりもお金のほうがかかるようになったら、保育士の資格もないのに保育園で働くようになったくらい。「もぐり」というと聞こえは悪いし、臨時職員みたいなもので資格なしでも働けるポジションだったので、違法でもなんでもないのだが、まあ、知り合いのつてを使って潜り込んだ感じだった。職場や保護者との人間関係で悩むことも

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