祖母の遺品を手にして
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祖母の遺品のほんの一部を母親から譲り受けた。
とても気に入った。
70年代のHermesのスカーフ、カレ45。Early America, George Washingtonシリーズ。このサイズはガヴロッシュと呼ばれるそう。
そして80年代のDIORのメガネ。2227-43 58 16モデルっぽい。
いずれもヴィンテージと呼ぶべきだろう。
ちょうど今の私の年くらいのときに購入、使用していたものと想像する。
祖母が今の私くらいの時というと、私には想像し難い状況だ。
まず、成人の子供が4人いる。長女(私の母)は30歳で、10歳、5歳(私)、2歳の孫が3人がいる、みたいな感じかな?昔の人は、急かされるかのように、早く大人になったようだ。
話が逸れてしまった。
私自身はブランド物には縁がない。高い。そもそも似合わないし。成金っぽいのも嫌だな、とか。色々な言い訳して敬遠してたわけだけど。
でも、実際手に取ると、50年も昔の物でも、良い物は良いと納得。わかってしまうわけで。
それでもわざわざ自分で買おうとは思わないかも。
でも、プレゼントされるなら、嬉しいかも。
お下がりはなおさら嬉しかったり。
上の2つに加え、
ブランドマーク無し80年代風パイロットサングラス。度無し。あまり暗くないので、室内で着用がオシャレかも。
遠く離れて暮らしてた祖母のことはあまりよく知らずに育った。会って話したのを覚えてるのは大人になってから数回程度。私とは全く違う人種だったというのはわかる。
戦争時代を過ごした人は強く鍛えられたのかなとも思う。もし現在も生きていたら95歳くらいの彼女。たくさん働きたくさん稼ぎたくさん消費したらしい。
そういう社会貢献スタイルもあるのか。価値観のいろいろについて、思ってみたり。いろいろな人がいて社会が成り立ってるのか。当たり前のことを思ったり。
そして彼女は着道楽。残された大量の服や着物。
家族の誰も着れないものも多く、たくさん処分されたらしい。非常に勿体無い話だが、中にはとてもセンスの良いものも登場した。
本人はもういなくなってしまったけど、残された物たち。
選ばれた物には、好み、美意識、憧れ、なりたい自分、などなど、様々な要素が、いや、感情というべきかな、反映されると思う。
何となくできる買い物ってない、少なくとも私は思う。決断を要する。
100円ショップでさえウジウジと悩む私にはストレスでもある。
祖母はいったい何を思い、アレじゃなくて、「コレ」を買うと決めたのだろう。
私が思ってたよりずっとずっと上のオシャレさんだったよう。
カナダ在住アラフィフです。子宮筋腫に振り回された一年をゆっくりマンガに描いてます。