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JR西日本最長片道切符の旅(最終日:8日目)
最長片道切符の旅の最終日(8日目)は自宅からの出発ですが、最長片道切符の旅は京都駅からの再開となります。
この3月から関西圏で完結する特急列車の多くが全席指定となり、自由席が無くなりました。e5489などで申し込めばライナー券よりもさらに安そうな値段で指定席券は購入できますので、うまくやればこれまでよりも安く特急を利用できることになるのでしょうが、この全席指定の理由はどこにあるのでしょうか。おそらくは飛び乗ってきた乗客を把握して特急券を車内で発見する業務をなるべく減らして車掌が一人でも回せるようにしてやろうかと考えているのかもしれません。そんなことはさておき、京都からは山陰線、舞鶴線、小浜線を経由して敦賀に向かいます。
中学高校は京都市内に通っておりました。同級生の結構な割合が亀岡や園部から山陰線で通っていたことが私の山陰線の原風景です。まだ非電化で50系客車がディーゼル機関車にけん引されて単線をとぼとぼと走るのが山陰線でした。保津峡をぶっちぎる複線電化区間を特急が爆走するのは山陰線ではありませんでした。そう考えると隔世の感があります。そんなぶっちぎる特急列車に揺られて綾部に到着し、綾部からは舞鶴線を利用します。
綾部駅前にある再開発されたむやみに広いスペースは、かつて駅前の一等地に広大な敷地を構えていた紡績工場の跡地です。駅前の一等地に広大な紡績工場があり、時代の流れでその跡地が活用されているというのは日本海側の地方都市あるあるですが、綾部もその例にもれなかったようです。そんな綾部と鎮守府が置かれていた舞鶴を結ぶ舞鶴線は軍事用途の高い路線として作られ、カーブも緩やかでトンネルもレンガ造りの立派なものが連続します。舞鶴という港の存在理由をこんなところからも知ることができます。
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そして舞鶴には戦時中のそういった顔だけではなく、終戦後に大陸から引き揚げてきた満蒙移民や兵士を受け入れた港でもあります。駅のコンコースにあったこの展示ですが、周りに仕掛けられている人感センサーに反応したら二葉百合子の「岸壁の母」がでかい音量で流されるのかと思いましたが、そういうことはありませんでした。そんな東舞鶴からは小浜線を利用して敦賀に向かいます。
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当初1列+2列のクロスシートが設置された125系ですが、座席数が少ないという地元からの抗議を受け、地元負担で座席数を増やす工事を行ったため、なんとも不思議な座席と窓の配置となっています。223系2500番台のようにはいかなかったのですね。それよりなにより、なぜ小浜線を電化しないといけなかったのかは謎過ぎます。
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小浜線で敦賀まで向かいます。敦賀からは北陸線の旅となり、サンダーバードなどを利用して金沢へ向かいます。金沢で新幹線に乗り換えるのですが、乗り換え時間が1時間半ほどあったので、夕方でもあるしということで金沢駅にあるおでん屋で一杯やっていると、となりにアジア系の高齢女性がやってきます。当初店員は日本人だと思っていたのですが、英語しか話せない彼女への対処に困り、仕方なく隣にいた私が通訳してその女性は金沢のおでんを堪能することができました。こういう出会いもいいものです。
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金沢からは新幹線を利用し、糸魚川まで。糸魚川からは大糸線を利用して南小谷へ。これがJR西日本最長片道切符の旅の最後となります。
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南小谷に到着したのは夜9時過ぎでした。8日間かかったJR西日本最長片道切符の旅もようやく終わります。このあと南小谷からはJR東日本の大糸線を利用して信濃大町まで移動し、宿泊しました。
本日の行程は以下の通りです。
京都<山陰線>綾部<舞鶴線>東舞鶴<小浜線>敦賀<北陸線>金沢<北陸新幹線>糸魚川<大糸線>南小谷
本日の行程の営業キロは484.5キロ、運賃計算キロは499.0キロでした。
全行程をおさらいすると以下の通りです。
須波<呉線>海田市<山陽線>三原<山陽新幹線>徳山<山陽線>新山口<宇部線>居能<小野田線>小野田<山陽線>幡生<山陰線>伯耆大山<伯備線>備中神代<芸備線>塩町<福塩線>福山<山陽線>倉敷<伯備線>新見<姫新線>津山<津山線>岡山<山陽線>東岡山<赤穂線>相生<山陽線>姫路<姫新線>東津山<因美線>鳥取<山陰線>福知山<福知山線>尼崎<東海道線>神戸<山陽線>西明石<山陽新幹線>新大阪<おおさか東線>鴫野<片町線>京橋<大阪環状線内回り>天王寺<阪和線>和歌山<和歌山線>高田<桜井線>奈良<関西線>久宝寺<おおさか東線>放出<片町線>木津<関西線>柘植<草津線>草津<東海道線>米原<北陸線>近江塩津<湖西線>山科<東海道線>京都<山陰線>綾部<舞鶴線>東舞鶴<小浜線>敦賀<北陸線>金沢<北陸新幹線>糸魚川<大糸線>南小谷
全行程の営業キロは2844.8キロ、運賃計算キロは2925.8キロでした。
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使用済みの最長片道切符には途中下車印がたくさん捺されています。途中下車印はあるフォーマットに従っているのかと思ったらそうではなく、実に個性的であることに気が付きました。そんな話をどこかでできたらいいなと思いつつ、この旅を終えたいと思います。
ここまで読んでいただきありがとうございました。