帰る 留まる
「で、どうすんの?就職」
乾杯の後に浩之は前置きもなく、尋ねてきた。
明らかに着慣れていないスーツ姿だが、中身はやはり変わってない。
4月に入ってからは似たような連中を駅や街に多く見かける。浩之はその中でもダントツで、、、スーツが似合わない。
「さすがにまた公務員試験受けるなんて、親には言えんわ」
ラフな服装の俺は、自嘲気味に答えた。
居酒屋の騒がしさが少しだけありがたかった。
大学四年の時、
公務員試験は落ちるわ、
彼女にフラれるわ、
留年決まるわ、
自業自得にも関わらず、ひねくれた返答。
自己嫌悪が半端なかった。
「ほな、田舎帰って就職活動か?」
…この質問の答えには詰まった。
大した家ではないが、長子長男としての立場や親族の目というものを感じてはいる。
両親もそれなりに老け込んできた。
が、地元外の大学でしかも留年している身では不利なことも分かっている。
就職活動で行き来するにも距離がある。
そもそも、氷河期 という言葉が現代を表す言葉で使われるとは思ってもいなかった。
田舎だろうが都会だろうが選択肢が少なくなっているのは間違いない。
「どないしよかな…」
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「…では、最後になりますが」
「あなたに当社に来て頂きたいと思っています」
「つまり内定を出す、ということです」
「入社していただけますか?」
期せずして早い段階で内定をもらうことになった。
地元から遠く離れた所。
長めの大学生活を送った地からも少し離れた所。
選択肢が限られているのは分かっていても
覚悟ができていなかった。
友人の顔 両親の顔 過ごした街の景色
幼い頃の記憶
「…少し、考えさせてください」
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「今年は実家に帰んのか?」
汗をかいたビールジョッキを置きながら、少し眩しそうな目で浩之は言った。
「ウチは、爺さん婆さんの代からずーっとおんなじとこにおるから、お前みたいに田舎に帰るいうの、ちょっと憧れやねん」
サラリーマンになった俺。
会社を辞め、家業を継いだ浩之。
今でもたまに会っては酒を飲み、学生時代を振り返りながら近況報告とグチを繰り返している。
翌日、着替えとお土産を詰めた少し大きめなカバンを待ち、新幹線に乗り西へ向かう。
ほろ酔いを少し過ぎた赤ら顔で「みやげは明太子でええで」と豪快に笑いながら言った浩之を思い出す。
窓の向こうには、ベタすぎる夏の青い海と白い雲が流れていた。