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Yaeと並河部長のサラヤ渋谷支社ソーシャルデザイン部

2019年10月30日(水) 18:30-19:00放送
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【パーソナリティー】
Yae
並河進

【ゲスト】
リック・タナカさん


私にとっては環境の先生。人生の先生です。
こんなに面白い人生を送っている人はあまりいないと思うので、ご自身のプロフィールをご紹介します。あなたもどこかで遭遇できるかもしれない。運が良ければ。

信州松本の出身。
1980年に原発が26基(当時)あることに嫌気がさして、日本を脱出,オーストラリアのシドニーに漂着。オーストラリア国営ABCラジオで番組の製作などにかかわり、80年代に製作した『ニッピィ・ロック・ショップ』は放送終了後も語り継がれる伝説のカルト人気番組になる。日本の原発についても、番組の取材であちこちでかけた。東京大空襲を扱った番組は95年、世界で最も権威ある伊RAIの大賞(ラジオドキュメンタリーのグラミー)を取る。

その一方でオーストラリアを代表する歌手、ニック・ケイブ&ザ・バッド・シーズや,ベルリンのアインシュツェルンデ・ノイバウテンなどのマネージメントを90年代後半まで手がける。俳優として「大脱走!カウラ日本兵捕虜収容所(The Cowra Breakout 1984 豪州テレビ映画)」に石田純一とともに出演したこともある。

90年代後半から「お金をたくさんかせいで,たくさん使う」生き方を止めることにし、シドニー郊外に引っ越し、パーマカルチャーな暮らしを模索する。オーストラリア大陸に見切りをつけ,2000年代後半には大陸の東南にあるニュージーランド南島に引越し、人口300人の村のはずれで牛や羊や鶴を飼い、野菜を作り、薪を割る生活をしながら地域社会の絆の構築やメディア活動を続ける。

一時帰国していた日本で、東日本大震災3.11に遭遇。原発やエネルギー問題に通じていたため、あちこちに駆り出され「フクシマ以降の社会作り」について執筆など、メディア活動を続ける。

その後,オーストラリアに帰国、ビクトリア州の田舎町の郊外でパーマカルチャーの創始者、デビッド・ホルムグレンの所でビジネスから翻訳,トマトの植え付け,雑草とり,鶏やヤギの世話などの手伝いをして4年程暮らす。

現在は熱帯スマトラ島の、のほほんとした気候のもとで,あれこれ瞑想しながら迷走する日々を送っている。パーマカルチャーをする傍ら「スマトラ横断鉄道研究会」のメンバーでもあり,日本軍が先の戦争中,占領したスマトラで捕虜や労務者と呼ばれる現地人奴隷を使役して作った鉄道の歴史を調べている。

ちょっと外れた場所,あんまり観光客が行かないおかしな場所などを含んだツアーを企画,募集するLobrow Japanを主催、運営中で,オーストラリアなどからの参加者を引き連れ,年に何度か来日し、あちこちに出没する。


主な著書

(英語共著)
”Higher Than Heaven: Japan, War and Everything”
by Tony Barrell, Rick Tanaka

”Okinawa Dreams Ok”
by Tony Barrell, Rick Tanaka

(日本語 単著)

『おもしろ大陸オーストラリア―コアラの経済学から宇宙基地まで』 (知恵の森文庫) 光文社 (2000/09)

『オーストラリア楽農パラダイス』東京書籍 (2003/12)

『人工社会―エコビレッジを訪ね歩いて』幻冬舎 (2006/03)

(日本語 訳書・共訳書 ありすぎるので、いくつか紹介、英訳本も多数あり)

『日本軍捕虜収容所の日々―オーストラリア兵士たちの証言』
ハンク・ネルソン 筑摩書房 (1995/08)

『ピーク・オイル・パニック―迫る石油危機と代替エネルギーの可能性』
ジェレミー・レゲット 益岡賢らとの共訳 作品社 (2006/09)

『未来のシナリオ―ピークオイル・温暖化の時代とパーマカルチャー』
デビッド・ホルムグレン 農山漁村文化協会 (2010/12)

『パーマカルチャー――農的暮らしを実現するための12の原理』
デビッド・ホルムグレン著、リック・タナカ訳

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