ドッペルゲンガー・ロボティクス/柳葉野良 『彼方』第11号(2023文化祭号)より

 いわゆる「ロボット」の原型が出来たのはざっと35年前の1890年の事だ。当時は地方のいち研究所に過ぎなかったヴラニツキー工学研究所は、今や欧州でも両手の指に入る巨大企業、ヴラニツキーロボット開発社として、莫大な利益を上げている。
 そして、その世界最初のロボット(とされるもの)こそがヴラニツキーによるストロイ-22である。「御者の要らない馬」を目指して開発されたこともあり、蒸気を用いて動く脚が4本生えた奇妙な機械という風貌ではあったが、悪路走破のための基礎的な自動判断能力がある点が極めて画期的だった。
 こういう新技術が生まれたらすることはまず二つ。軍事に使うか、商売に使うか。以降のロボット開発競争は熾烈などという単語では表せないほどだった。
 各国首脳部がまず躍起になったのは軍事利用だ。特許の穴を突いたり、時には堂々と模倣したりして、いわゆる列強と言われる国々は1900年には自国内での軍用ロボット生産体制を整えた。四脚ロボットが騎兵の代替や輸送機械として大成功を収めて民間の物流にも流用される一方、数々の試作兵器が考案され、技術的限界や予算を理由に書面段階で散って行った。
 民間ではこれを商売に利用する動きが盛んになった。軍用ロボットがよく言えば堅実、悪く言えば地味で無骨な四脚型なのに対し、民間では人間に寄せた接客用ロボットが相応な人気を博した。表情や肌の再現が難しいことから、高額な上、胴体は金属が一部露出しており、顔もセラミックの仮面じみたものが未だ多い。とはいえ、多くの、特に上流階級の人々がホテルのフロントなどでロボットに親しんでいる。
 この現状を考えると、先の事件は余りに衝撃的であった。九月のヴラニツキー社新製品発表会で最新鋭計算機を搭載した試作接客用ロボットのヤン-31が暴走し、会場設備の一部を損壊した後停止したのだ。幸い人的被害は出なかったものの、多くの記者や投資家の目の前でヴラニツキー社製ロボットの信用を大きく落とす結果となった。無論、同社は原因究明に奔走している。
 さらに、事件の状況の不可解さも多くの憶測を呼んだ。一号機が好調な動きを見せ、会場の熱狂に応える形で緊急に二号機が持ち込まれたのだが、その瞬間に一号機と二号機の両方が暴走を開始。15秒ほど経った後、機関部と計算機から煙を噴き出してその場に崩れ落ちた、というのが目撃者の証言である。
 二体が出会った時に奇妙な行動を見せ遂に故障したという今回の事件を、新聞は怪奇現象になぞらえて「ドッペルゲンガー事件」と大々的に報道した。
 
 ヴラニツキー社の技術者フランツは残業が確定してぼやいた。
「ああ、何をどうしたらこんなことになっちまうんだよ!?」
「そりゃ僕も同じ気持ちだからとっとと手を動かしてくれよ」
 軽くあしらった彼はイヴァンという男だった。
「そもそも設計担当は俺らじゃないんだからそっちに聞けってんだよなぁ」
「ちょっとこっちを見てほしい」
「お、なんだこれ。ぱっと見完全に壊れちまってるが、計算機か?」
「だろうね。なんとかデータを抜き出せればいいんだけど、まあ無理かな」
 一号機の計算機は過熱と衝撃で酷く損傷しており、どこをどう見ても復元可能な状態ではない。
 フランツはすぐに二号機の蓋を開けて計算機を取り出した。こちらは幾分マシだ。
「俺が今から計算機分析局の方に解析を頼んでくる」
「任せた、ありがとう」
 一人残されたイヴァンは一号機の解体を進めたが、胴体に整備不良の跡は全くないと言って良かった。歯車には十分油が差されていたようだし、関節部にも事件前からの破損は見受けられなかった。まあ、発表会に持ち出すのだから当然だ。
 フランツが戻ってくるまでの間に、報告書が一枚届いた。自己を認識するシステムが不具合を起こして、お互いがお互いのことを自分だと思ったがために、同時に二か所に自分が存在することになって処理が混乱したのが原因ではないか、というもっともらしい内容だった。
「すまん、少し向こうも立て込んでたみたいで、遅くなった。だいぶ時間がかかりそうだから、明日か明後日までは待ってくれだと」
「了解。じゃあ二号機の解体の続きかな」
 結局、右手小指の関節に少し怪しい箇所があるだけで、二号機にも事件以前の大きな問題はない様子だった。こうなってしまうと、いよいよ計算機分析局の解析結果次第ということになるわけだ。
「待つしかないんじゃないの」
「そうだな」
 会社の門を出る時、受付ロボットが襲ってきたらどうしようと二人は少し速足になったが、特に何が起こるでもなく家路に就いた。駅前のホテルも、高級レストランも外目には平穏そのものの日常を送っている。
 解析結果は翌日の夕方になって届いた。しかし、その結果は意味不明なものだった。
「解析結果解読不能、ってのはどういうことだ?」
 とフランツが尋ねるが、イヴァンも要領を得ない。
「解析出来なかった訳じゃないんだよね?」
「多分な。書いてあることを見る限り、『計算機が、これまでの装置では解読不能なほど自身を複雑化・自己進化した』みたいな感じじゃねーのか」
 二人の間に悪寒が走った。あり得ない。本当だとしたら、これは故障では済まない問題だ。ヴラニツキー社はこれまで、自社の技術の手綱をしかと握ってきたはずだった。これを放置すれば、ロボットが開発者の手を離れてしまうかもしれない。
 しかし、この手の暴走はヤン-31の「ドッペルゲンガー事件」が初めてで、現状量産されているヤン-30では何の報告もない。二人の導き出した答えは一つだった。「ヤン-31は量産してはいけない。」
 二人は上司に掛け合い、ヤン-31が抱える致命的なリスクについて伝えた。幸いなことに上司は快く応じ、上層部にも伝えることを約束した。
 翌日、ヴラニツキー社から声明が出された。事件の原因を「過熱による機関部の故障」とするもので、誠実とは言えないが全くの嘘と言う程でもなく、余計な混乱を招かずに時間を稼ぐ処置としては十分な有効打となった。
 この裏で、社内では厳戒体制の下、三号機と四号機を接触させる実験が行われた。ヤン-31同士の接触実験としては初めてのものである。もちろん、フランツとイヴァンも参加している。
 実験施設でもまた、事件と同様の結果が記録された。顔を合わせた二体のロボットは暴走してガラス窓を一部損壊し、20秒以内に双方が停止した。
 今回は幸いにして双方から計算機を回収することに成功し、即座に解析に回され、同じような結果が帰ってきた。自己進化の文字が目を引く。
「俺が思うにだが、これは本当にマズいんじゃないか?」
「僕もそう思う。同じロボット同士が出会うと、って話、なのかな。マジでドッペルゲンガーだ」
 イヴァンの声はやたらと弱々しかった。
 量産ラインに乗っている旧型ロボットも欧州中の倉庫からかき集められ、同じ実験が繰り返された。しかし、異変が見られたのはヤン-31だけ。その特異性を明らかにする結果となった。これを受けてヤン-31の開発中止が確定。新しい声明も発表することになった。
 声明では以下の三点が強調された。「ヤン-31は社のコントロールを逸脱する可能性のある欠陥機であること」、「ヤン-31の開発は実験目的を除き完全に中止すること」、「これまでのロボットでは現状問題が発見されていないこと」。自己進化問題は上手くぼかしてある。
 新聞各社はこれを絶好の機会とばかりに書き立てた。「ヴラニツキーの安全管理体制に疑惑」「ロボットに注意せよ!」「ヤン-31の恐怖!」などの文字が大見出しに踊り、ロボット破壊事件も相次いだ。
 フランツとイヴァンは、今度は五号機の試験担当に回された。
 五号機のみを単独で起動しても特に異変は発生しない。開始三十分後に電源を切り、計算機を取り外して解析にかける。解析要員は緊急増員されており、五時間ほどしかかからなかった。「一部に自己進化の兆候あり」と印刷されている。
 イヴァンが言う、
「つまり、問題はドッペルゲンガーじゃなくてこの計算機自体にあるかもしれないのか」
「そうは言ったって、暴走の理由は別じゃないのか?」
「それは、ほら、ドッペルゲンガーを見た人間は死ぬとかいうし、ロボットも同じ、みたいな?」
「理由になってないだろ」
 しばらく沈黙が流れる。
「フランツ、ちょっと聞いてほしい。なんでドッペルゲンガーを見た人が死ぬのかはちょっと分からないにしても、とにかく目の前に自分と同じ人が居たら怖いよね? まあ、その恐怖で参っちゃうんじゃないかとも思うけどさ」
「確かに、そりゃそうだな」
「けど、普通のロボットは怖がりなんてしない。カメラに自分と同型のロボットが映っても、そこには『ただ自分と同じ見た目のモノがある』としか処理しないはずだからね。初めはここの処理が上手くいってないと思われてた訳だ」
「それも『普通の』ロボットなら出来て当たり前じゃねえのか?」
「ここに人間とロボットの隙間があると僕は思うんだ。計算機に自動判断を求め過ぎて、人間の脳の側に片足を突っ込んだものを作っちゃった。だからヤン-31は、目の前に自分が、別のヤン-31が居るのを恐れてるんじゃないかな。ロボットとしての機能がおかしかったんじゃなくて、人間がおかしいと思うものを見たんだよ」
「だからあんな風に暴れて、結局それでオーバーヒートしたって感じか」
「うん。つまりあいつらは、ロボットより僕たちの方に近い存在なのかもしれない。」
「本当に不味いだろ、それ。冗談抜きで。自己進化どうのの域を超えてる」
「そうなんだよ、本当に不味い。ロボットの自己進化がどうなるか分からない以上、いつ僕らの想像を踏み越えてくるかも予測できないし、うちじゃロボットの不具合に責任を負えなくなる。人間のレベルで止まってくれるかも分からない」
「自己進化の詳細はまだ社内機密だったはずだから、ヤン-31は少なくともここが潰れるまで封印ってことか」
「そういうことになるだろうね」
「俺らも本当にめんどくさい案件に巻き込まれちまったなあ」
「僕なんかにはさ、スクラップ送りにするのも少し可哀想に思えてきちゃうんだよね」
「そう思うやつが増える前に残りのヤン-31も全部解体だな。それが俺らの仕事ってもんだ。」


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