拝啓、/遠野燈 『彼方』第11号(2023文化祭号)より

 お元気ですか?

(病気はしていませんか、寝ていますか、食べていますか、笑っていますか)

 こちらは変わりありません。

(お隣に親子が越してきました、燕が巣立ってゆきました)

 あなたは今、どこで、なにをしていらっしゃるのでしょう?

(私は今、ここで、あの頃と変わらぬ日々を過ごしております)

 あなたは夢を叶えられたのですね。

(そちらへ行ってしまわれた、あなたは向こうで笑うのでしょう、私はまだ、こちらで眺めております)

 私は幼い頃から、あなたに憧れておりました。

(背丈は小さくとも大きく見えました、あなたの声はいつも遠くから聞こえました、あなたの一歩には、一生敵わない気がいたしました)

 あなたの幸せを願っております。

(いままでも、これからも、いつまでも)

 大丈夫です。返事はいりませんよ。

(ええいりません。いりませんとも。ただ……ただ、あなたが)

 ――幸せであることを願っております。信じております。心から! いつか帰ってきてくださいますか? いえ、帰ってきてくださらなくてもいいんです。幸せでいるのならば。元気でいると、伝えてくださるのならばそれでいい。いいえ、違います。違います。そんなわけがない。あなたに会いたい。会って話がしたい。あなたは嘘をつきましたね。あのとき。あなたが旅立つとき。あなたは嘘をおっしゃいました。
 ああ、帰ってきてくださると言ったのに。必ず帰ると言ったのに。許しません。許しませんとも。私はただ、ただあなたに……。

拝啓、あなたへ。


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