シブヤ遊び場物語③さよならさんかく
渋あそ創立メンバー"うーちゃん"による渋谷の遊び場誕生の物語【第三回 さよならさんかく】
さよならさんかく
代々木公園は、当時まだ若い森という感じでした。今でこそ、利用者が時間や場所を棲み分け、様々に活用できる公園になっていますが、噴水も無かったのですよ。と言うときっと信じられない!と驚くでしょうね。利用者もまばらで本当にのびのびと1日遊んでいました。遊びは進化すると言いますが、本当に何もない広々としたところに解き放たれ、石ころや、小枝、葉っぱや花びらを集めてお店屋さんごっこを始めたり、ちょっと深い溝を見つけ、旅に出たり、宝物探しや探検ごっこは、毎日の子供の暮らしになっていました。お弁当を食べて、また遊んで、原宿の駅に戻ります。お迎えのお母さんたちに囲まれて、さよなら三角を歌います。懐かしい歌です。
さよならさんかくまたきてしかく
ごきげんごかくで またあした
そうなんですね、また明日があるんです。この約束された明日が待ちどおしい。
素敵な時間を子どもは持っているんですね。こんな子どもたちが、代々木公園を知り尽くし、場所場所に目印のように名前をつけていました。ヨメナの里、かりんの自転車コース。いいぎりの見晴らし台。山桃の道、秘密のアミガサ茸畑。どこでも木苺がなり、つまみながらおにごっこをしたものです。そんななかに、びーびーだんの森と言われた、西門近くの雑木林の場所がありました。なだらかに傾斜してくぼみに落ちていくような地形は、冬には、そり遊びにもってこいの場所でした。春になると雑草に覆われた中に、どうやらサバイバルゲームの弾でしょうか、いっぱい落ちていて、子どもたちはこれを収集するのが大好きでした。西門から見ると、夢のような子どもの森とでも言いたくなるような素敵な場所です。今は、杭など打たれワイルドには遊べるような雰囲気ではなくなりした。でも、その頃のことがずーっと頭の中にあって、いよいよ渋谷にも、一つでいいからプレーパークをと旗を振り始めた時、エアーですけど、しっかり渋谷のプレーパーク建設予定地という看板を立てました。1998年のことです。渋谷の遊び場を考える会が立ち上がりました。(つづく)