目が覚めたらどてっぱらが血に染まっていた話
これはむかーしむかし、マゾ猫が在宅ワークで腰痛をこじらせて、家から三日三晩出られなくなる少し前のお話
マゾ猫はキュウリが好き
当時のマゾ猫の流行りはキュウリ。夏の暑い日だったもんで、だいたい食事はキュウリだった。河童が泣きながらうらやましがる量のきゅうりを毎日食べていた。むしろキュウリしか食べていなかった。ほかのもんも食え。
そんなきゅうりに合わせるものは、だいたいストロングゼロ。
ストロングゼロを浴びるようにのんで、両手にキュウリを持って生活していた。ほぼ八つ墓村である。
なんて正当性のねえ祟りだよ。いや祟りに正当性なんてねえよ。
そんな中、マゾ猫にはゴールデンルーティーンがあった。
毎週火曜はTVの日
マゾ猫はドラマや映画を見ながら、だらだらとお酒を飲むのが大好きだった。
当時ハマっていたドラマが夜の10時から。ちょうど同じ曜日の深夜1時からお気に入りのアニメが30分。2時からもう1つのお気に入りが30分。
つまり、その日は夜の10時から、深夜の2時半まで延々とお酒を飲んでいるのだ。
肝臓がしゃべれるとしたら「もう勘弁するでゲス! しんでしまうでゲス!」なんて叫んできそうである。よかった、沈黙の臓器で。ただでさえうるせえ女が持ってる肝臓が、よくしゃべる臓器なんて名称ついてたら、オールナイトニッポンに貸し出してたところだった。
来る日も来る日もキュウリ、キュウリ。お酒を飲んではキュウリを食べた。みそ、マヨネーズ、ケチャップ……はあんまりあわない。色々試しながらボリボリボリボリキュウリを食べ続けて、春から5キロ落ちたころ。
ある日、とてつもなく悪酔いした。
多分、栄養が足りてなかった。
おはよう世界。
朝日で目が覚めた。
身体がべたべたする。
呼吸がまだお酒臭い。どうやら寝落ちてしまったようだ。
8月の真夏、炎天下の日差しが、遮光カーテンの隙間から頬を刺す。
テレビは……うん、消えてるな。でも冷房は……?
18度。冷蔵庫じゃねえか。
どうりで寒いと思った。
とりあえず、シャワーを浴びるかと浴室へと向かった。
あくびをしながら、服に手をかけて脱ごうとした瞬間、マゾ猫は気が付いた。
どてっぱらに、大きな血の跡がある。
……何が起きたかわからなかった。
どう見ても刺されたようなその跡。
人に恨みを買うのは多い人生だったが、まさか寝込みを襲われるなんて。
徳川将軍じゃないんだから。今令和やぞ。
とりあえず、傷口を確認するために、服をまくりあげた。
――ない。
傷口が、無い。
となるとこのシミはなんだ?
まさか、私……人を刺したか!?!?!???!?!?
大慌てのマゾ猫。
先に言っておこう。アルコールが抜けきっていない状態の脳みそである。
脳というよりもはやただのゼリー。今ならサボテンの方が頭がいいぞってくらいにはお飾りの脳みそになり果てていた。
勝者!!!サボテン!!!(IQ2)
慌てたマゾ猫は、シャワーを忘れて部屋を歩き回った。
どうしたらいいんだ……とりあえず、死体は見つかってるか?
どこで刺したんだ。まさか、酔ってコンビニに行って、下で刺したんじゃ……。
バルコニーから下界を眺めた。
通勤の社会の歯車たちが、せかせかと歩いている。
わあい、マゾ猫この景色すきぃ……。今日はマゾ猫、おやすみなんだァ……優越感~~~~~~~~~。
そんなことが一瞬頭に浮かんだ。
腰の骨も性格もひん曲がったマゾである。
見渡す限り、死体は落ちていなかった。
じゃあ、相手は生きている?
だとしたら、”あしがつく”のも時間の問題だ。
日本の警察は有能である。この東京都、流石に返り血を浴びるほど人を刺した人間が逃げ切れるはずがない。
ならば、自首をするしかない。捕まるよりはきっとマシだ。
自首の前に、せめて親友にだけは電話を掛けさせて――。
ごめんよ、親友。私が刑務所から出てきたときに、君が友人でいてくれるかはわからない。でもね、これだけは言わせてほしい。本当に記憶がないんだ。……飲みすぎてごめん。もう二度と、お酒を飲まないようにするよ。
ベッドサイドへ座り、親友のLINEアカウントを探す。
その視界の底の底。床に、何かが煌めいた。
「なんだ……?」
身体を寝かせ、机の下をのぞき込む。
そこには、飲んだ覚えのないワインボトルがあった。
……ワインボトル。
…………ワインボトル。
………………。
お前じゃねえか!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
それはそれはびっくりした!!!!!
家に買った覚えもなければ、飲んだ記憶もないワインがこの部屋に存在しているなんて誰も思わないよね!!!!あたぼうよ!!!!
どてっぱらに付着した血痕の正体がワインだと気が付いて、安堵するマゾ猫。どうやら犯罪者にならなくて済んだようだ。
ちなみに、酔った時にコンビニでワイン以外も買っていたようで。