<シリーズ「バス停探訪の旅」アーカイブ編> 茨城県鹿島郡波崎町 *現在の地名 神栖市波崎 バス停名「東明神」 事業者「関東鉄道バス」 <初訪2002年9月><再訪2019年3月> このシリーズのNOTEでの連載をスタートさせました。既に講談社「バスマガジン」4年間連載しているシリーズの撮り下ろし&書き下ろしになります。つまり新規ってことです。ちなみにバスマガジンの方は、「バス停のある風景」ってタイトルだから、改題しております。以下本文をどうぞ!
波崎町の漁港が同じ高さで見える民宿に泊まった。宿のおかみさんに、僕の川越でのバス停の写真を見せて、明日は波崎町と千葉県銚子の写真を撮影する旨を伝えて、情報集めをした。写真をほめてくれたので気を良くした。これってとってもうれしいこと。この民宿は中高生の運動部合宿で盛況だった。
翌朝、早く出発した。町内をあてもあるわけでもなく、バス停を探してひたすら撮影して回った。そうしていると、遠くから見るとゴミ捨て場の中にバス停を見つけた。正直、びっくりした。なんだろうと思って、近づいてみると実にシンプルな光景だ。そのまま撮影したのだが、絵になるようにできていた。それまで単調な撮影ばかりだったので、ここで何とか手ごたえを感じたので、この地での撮影を切り上げて銚子の方に赴いてやはりバス停を撮影した。
再訪の今回も午前中早い時間帯の撮影だった。17年前に宿泊した民宿は存続していた。正直言って屋号は忘却の彼方だった。現地に来てみて思い出したくらいだ。それを横目で見ながらこのバス停目指していた。
漁港にはちょうどイワシ漁を終えた船がいた。たくさんのイワシ陸揚げするところを見届けた。陸揚げの最中に車から落ちたイワシは無造作に道路に打ち捨ててあった。そしてこのバス停と再会した。この日のゴミはカンのゴミだった。
歳月経過してもまるで変化しないようにも思えた。正直に言って時間が止まっているように感じたが、決してそのようなことはなかった。なぜならば市町村合併で地名は神栖市になっていた。それが現実で変化ないように感じたのは、妄想なのだ。僕はカメラを構えて撮影した。角度は以前のアングルとはあえて変化させて撮影した。こちらの方が今の自分には、グッドきたからだ。そんなわけで今回の気分のアングルを2枚アップさせた。<おわり>
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