「AWSもスタートアップだった。」CEO、創業理念を語る
日本で2015年ごろからフィンテックが急に立ち上がった背景には、スマートフォン、クラウド、金融APIの3つが揃ったことが挙げられます。
• スマホの普及により、直感的に理解しやすいサービスの提供が可能に(WealthNaviをガラケーで利用する姿を想像してみてください)
• クラウドによって、第三者機関認証を得た高いセキュリティを確保しつつ、高い俊敏性と低コストを兼ね備えたインフラが利用可能に
• 金融APIにより、複数の金融取引や情報サービスなどをシームレスに組み合わせ、新たなサービスを生み出すことことが可能に
スマホ、クラウド、金融APIの3条件が揃ったことにより、ロボアドバイザーやクラウド会計など、これまでとは全く異なる顧客体験(UX)をもつ金融サービスの創造が可能となりました。
この結果、富裕層向けの資産運用サービスが誰でも利用できるようになったり、大企業向けの会計・融資サービスが中小企業や個人事業主でも利用できるようになりつつあります。
つまり、フィンテックによって、金融サービスのすそ野が広がり、言わば「金融の民主化」が実現しつつあります。
上記の3条件のうちクラウドについては、WealthNaviでは、日本で初めて証券取引システムをアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)上に構築し(FISCの安全対策基準に準拠)、コストを大幅に削減しています。(詳細はこちら。)
例えば、WealthNaviにおいて現在稼働している証券取引システムを仮に自社サーバーで構築した場合、おそらく初期費用は2-3億円、毎月の運用コストは約200万円に達する試算となります。これでは、スタートアップとして事業が成立しません。クラウドはかくもフィンテックに欠かせません。
そのAWSのアンディ・ジャシーCEOが3年振りに来日しました。世界最大のクラウド企業と、創業2年に満たないスタートアップでは何もかもが異なります。しかし実際に会って話を聞いてみると、実はいろいろな共通点があることがわかりました。
非エンジニアがAWSのCEOを務めるために
アンディは、ハーバード・ビジネス・スクールを卒業後、Amazonに入社。マーケティングや音楽部門を経てCEO室長を務めたのち、データセンターやネットワークなどの管理を担当したそうです。それが後に企業内スタートアップとして独立したのが現在のAWSなのだそうです。
非エンジニアとしてフィンテック企業を経営する私自身が知りたかったことは、テクノロジーの粋とも言えるAWSにおいて、非エンジニアのアンディがどのようにリーダーシップを発揮しているのか、という点でした。
まず、当たり前のことですが、「互いにスキルを補完しあえるような人材を採用する必要がある」とアンディ。そして、「テクノロジーの責任者は、強いビジネス感覚を持ち合わせていなければならない」
「リーダーとして自分自身の弱みをさらけ出すことも大切だ。エンジニアに対し、無邪気で、無責任で、間抜けな質問を投げかけなければならない。(Ask naïve, stupid and dumb questions.) エンジニアにも考え抜けていない事柄が、必ずあるからだ。」
(注:もちろん、これを読まれたスタートアップCEOの方は、決して真に受けてはなりません。アンディになら許される質問も、私のような新米CEOがエンジニアにしたら大変な事態に発展します。)
「そして、チームの善意に頼るだけでもいけない。(Good intentions do not always work.) 事業の状況を把握し、計画通りに進んでいるかどうかを可視化するメカニズムが必要だ。問題を早めに把握することができれば、大きな手間をかけずに解決することができる」
アンディの場合、20ものメカニズムによって、週次、月次または四半期毎に事業の状況を把握しているそうです。この点については、日本の場合は特にソーシャルゲーム・スタートアップに多大なノウハウが蓄積されているように感じました。
「顧客にとって意味のある何か」を生み出しているか?
もう一つ、特に面白いと思ったのは、AWSが顧客価値の創造に極端なまでにフォーカスしているという点です。
「(社内)起業家としてもっと早く知っておけば良かったと思うことは、何を生み出すのであれ、それは『顧客にとって意味のある何か』でなければならないということだ」
アンディは、テクノロジーがイケていること自体に価値はない、と続けます。そうではなく、価格やサービスの仕組みなど、顧客にとってのメリットこそが重要なのだと。そのために「AWSではまず最初にプレスリリースを書く。プレスリリースを書く中で、顧客にとってどのような価値があるのかを徹底的に考え抜くことができるからだ」
(最初にプレスリリースを書く、というのは、日本や海外でIoTのプラットフォームを展開するソラコムの玉川憲さんの創業ストーリーとも重なります。)
「多くの企業は競合を意識しているが、AWSは異常なまでに顧客を意識している。(We are unusually customer-focused. Many companies are competitor-focused.)」
顧客の利益を優先するあまり、「この機能はあまりご利用されていないようですので、契約から外した方が安上りですよ」と数々の提案を行い、それだけで年間3.5億ドル(約400億円)の収益を失っているとのこと。そして、それは長期的な視点に立てば正しい行動だと断言します。
顧客価値を最優先するための手段としてのテクノロジー
アンディの話を聞いていて、ふと、疑問に思いました。テクノロジーがイケているかどうかよりも顧客にとっての価値の方が大切だと断言しているが、実際には、AWSこそ世界最先端のテクノロジーそのものではないか?
「AWSはパイオニアだ。それに対して、多くのテクノロジー企業は、実は、他社の真似やテクノロジーの買収に長けているに過ぎない。(Many technology companies are fast followers or technology acquirers.)」
なるほど。顧客最優先という目標を実現する手段として、最先端のテクノロジーを自ら築いていったということのようです。やはりテクノロジーやイノベーションはこの上なく重要だ、というオチでした。
AWSの創業理念
「スタートアップでは、自分たちが生み出そうとしているものが実際にうまくいくのかなど知る由もない。AWSの立ち上げ当初、社内でも『ストレージをAmazonから買う人なんて本当にいるのか』と不安の声が上がっていたものだ。楽観的であれ。そして、自分たちのアイデアをなるべく早く顧客にぶつけるのだ」
「私たちがAWSを立ち上げたときに書き上げたミッションがある。大企業が利用しているような低コストのITインフラを、スタートアップでも利用できるような仕組みを実現する、というものだ。」
この言葉に耳を疑いました。
WealthNavi(ウェルスナビ)の創業理念とも重なるものがあるからです。
私たちWealthNavi(ウェルスナビ)は、海外の富裕層が利用している世界水準の資産運用を誰でも利用できるようにすることを目指しています。そして、その理念を実現するための手段として、フィンテックを最大限活用しており、AWS上のシステム構築に取り組みました。
そのAWSが同じようなミッションを掲げているのは決して偶然ではない、と強く感じます。
テクノロジーを最大限活用し、誰でも安心して気軽に利用できる次世代のインフラをつくる、という理念のもと、今、世界が大きく変わりつつあります。日本におけるフィンテックの流れも、その大きな潮流のなかでの不可逆的な変化なのだということを、改めて確認しました。
(アンディ・ジャシーCEOともに。日本の40名のスタートアップCEOおよびベンチャーキャピタリスト。中列の左から6人目がアンディ・ジャシーCEO、その右隣が筆者。)
(写真はいずれも、アマゾン ウェブ サービス ジャパン株式会社の許可を得て掲載しています。Amazon本社にまで確認し、講演内容と社員のSNSシェアを承諾してくださった、アマゾン ウェブ サービス ジャパン株式会社の皆さまに感謝します。)
(2017年3月8日10:15に加筆修正しました。)
(2017年3月8日10:25に加筆修正しました。)
(2017年3月8日11:00にリンクを追加しました。)