「キャッシュレス社会になったら、クレジットカードは使われなくなる?」
2018年7月22日、第23回国際女性ビジネス会議にて、「fintechな生活」という円卓会議(ラウンドテーブル)に登壇しました。FinTechというテーマの難しさにも関わらず、会場がほぼ満員になるほど盛況で、たくさんの質問を頂きました。当日、ご参加してくださった皆様、ありがとうございました。
その直後の全体パーティーの場でも、実にたくさんの質問を頂いたのですが、その中で、特に「はっ」とさせられた質問について、質問の内容と私なりの回答をご紹介しようと思います。(一部、話の順番を入れ替え、重複部分を除きました。)
頂いた質問
「最近の中国のアリペイなどの動きをみていると、どれもクレジットカードでなくて、その場で決済されるデビット・サービスですよね。日本でも同じようなサービスが普及して、キャッシュレス社会になったら、クレジットカードは使われなくなって、デビット中心になるのでしょうか」
私の回答
「それはとても面白い視点ですね。これまで考えたことがなかったです。」
「確かにペイメント・サービスはどれもデビット・サービスなので、最初はデビット中心になるかもしれません。しかし、最終的にはむしろクレジットが中心になっていくはずです。その理由ですが…」
「まず、そもそもデビットとクレジットカードの違いとしてわかりやすいのは、支払いのタイミングですよね。デビット、例えばアリペイで買い物をすると、即座に自分の口座から支払代金が引き落とされます。他方、クレジットカードでは翌月まで引き落とされません。」
「しかし、より本質な違いがあります。それは信用(クレジット)の創造です。デビットの場合には、お金がある時しか買い物ができません。それに対して、クレジットカードの場合にはお金がなくても、買い物をすることができるという意味で、信用(クレジット)が供与されています。」
「クレジットカードをはじめ、融資による信用供与がない世界のことを想像してみましょう。例えば、もしも住宅ローンが存在しなかったらどうでしょうか。お金持ちしか住宅を買えなくなってしまいます。銀行口座に3,000万円も5,000万円もある人なんて、ほんの一握りのお金持ちだけです。もしも融資サービスが存在しなかったら、手元に現金がある大企業しか積極的にビジネスを拡大できません。」
「アリペイのようなデビット・サービスだけでは、お金持ちや大企業しか経済活動を営めず、中世のような階級社会になってしまいます。それでは経済社会は発展しません。経済社会の発展のためには、クレジットこそが重要です。」
「ではなぜ、中国では、アリペイのようなデビット・サービスが重要なのでしょうか。それは、世界中で20億人を超える人たちが銀行口座すら持てずにおり、中国のアリペイはそうした人たちにとっての銀行サービスとしての役割を果たしているからです。」
「日本ですら、例えば、私自身3年前に起業した時には、銀行口座をつくるのに大変苦労しました。今でこそ60億円以上もの資金を調達してロボアドバイザー事業を順調に拡大していますが、創業当初の数ヶ月間は会社の銀行口座すら作れず、自分個人の口座から事業のための支払いをしていたほどです。」
「中国ならなおさらです。中国で銀行口座などを持てないスモールビジネスは、アリペイのおかげでビジネスを拡大することができます。よく、『中国に行ったら屋台でもアリペイで支払いができた。アリペイは実によく普及している』という声を耳にしますが、むしろ屋台こそ、アリペイを必要としているわけです。」
「そういう意味で、フィンテックには、テクノロジーの力で金融サービスを民主化する(democratize)という意義があります。中国でアリペイが爆発的に普及している背景には、そのような社会的な意義と必然性があります。」
「しかし、アリペイのようなデビット・サービスだけでは、先ほど述べたように、経済は発展しません。そこで、アリペイが新しくはじめたものがあります…。」
「その通り、『芝麻信用』です。アリペイやEコマースの利用データやSNSなどのデータをフルに活用して『芝麻信用』という独自の信用(クレジット)スコアを作り出しました。『芝麻信用』に基づき、これまで銀行から融資を受けられなかった個人や中小企業も、融資を受けることができます。従来のクレジットカードでも信用(クレジット)スコアが用いされてきましたが、より広範囲のデータに基づく信用(クレジット)スコアを基盤として、融資という金融サービスの民主化が起きていると言えます。」
「もちろんメリットだけではありません。円卓会議の場でも申し上げたように、利便性と引き換えにプライバシーを自主的に引き渡してよいのかという課題があります。また、景気サイクルを一通り経験していない信用(クレジット)スコアの活用にはある程度の慎重さが求められるでしょう。さらに、貸したお金が暴力に訴えずとも返ってくる社会には法の支配が不可欠で、そのような国はまだ地球上に多くありません。」
「そうした課題はやがて乗り越えられていくはずです。長い目で見れば、銀行口座すら持てなかった人たちが、アリペイというデビット・サービスを利用できるようになり、そこから信用(クレジット)スコアを獲得し、やがて融資を得られるようになっていくでしょう。」
「そういう意味で、デビット・サービスはあくまでも出発点であり、目的地は、信用(クレジット)の創造にあります。日本でもキャッシュレス社会の実現によってデータが蓄積すれば、新しい信用(クレジット)創造の動きが起きるはずです。そうなれば、個人や中小起業へのエンパワーメントが起き、銀行預金の半分が貸し出されずに眠っているという状況の打開につながる可能性もあります。」
(注)本稿は備忘のため急いで書き起こしたため、後日、編集を加える可能性があります。また、画像を追加する予定です。(7月30日記)
(注)画像を追加しました。(8月1日記)