「2028年 街から書店が消える日」 小島俊一著 読書感想
「2028年 街から書店が消える日」という衝撃的なタイトルに惹かれて本書を手にしましたが、内容はまさに衝撃的でした。それは「本屋はこのままの状態が続くと2028年には大半が潰れてしまう」というのです。
そして本書は出版業界の様々な人物へのインタビューを通して厳しい書店の現実を明らかにしていきます。
その最たる例が「書店は本だけでは商売が成り立たない」です。書店が「本」を売らずに何を売るのか?と思いますが、現実問題として先進的な本屋は「本」以外で生き残る道を模索していますし、本書の著者も「本」以外の収入源を生み出すのが書店が生き残る道であると述べています。
ここからは本書の中で特に印象に残ったパートを3つに厳選してご紹介していきます。最初に「出版業界が抱える構造的問題」次に「それに対する対処法」そして最後に「未来の書店のあるべき姿」を提示して本書の内容をまとめたいと思います。
書店は本だけでは商売が成り立たない
ここからは出版業界が抱える問題について本書に沿ってまとめていきます。現状、紙の出版物の売り上げはピーク時(1996年)の約2兆6500億円から1兆1300億円(2022年)と26年間で半減しています。そして書店数もピーク時の2万5000店から半分以下の1万1000店と急激な減少となっており、このままでは近い将来、大半の書店が消えるという本書の主張も納得できます。
では何が原因なのか?それは出版業界に構造的な問題があるからです。本書では鍵を握る3つの組織が登場します。一つは時代を映すコンテンツとして書籍や雑誌を作ってきた「出版社」。もう一つは独特の流通を作り上げ、格安で安定した物流網を全国的に完成させた「取次」。そして最後は地域の読者のために自らの想いを込めて本を売ってきた「書店」。この3者を軸とした出版業界の仕組みが既に時代遅れなのです。
その原因の一つは「再販売価格維持制度(再販制度)」にあります。書店は出版社が決めた書籍の価格を自由に変えることができません。また、もう一つの原因が「委託制度」です。書店は取次から仕入れたものが売れ残っても仕入れた価格で取次に自由に返品できるのです。
この2つの仕組みによって、書店は価格競争も売れ残りの心配もない状態となり、それに甘えた業界が時代の変化に対応した変革を怠り、そのツケが現在の窮状を招いたといえます。
再販制度と委託制度は書籍や雑誌の売り上げが良い時代には適していた制度ですが、現在のように出版不況となると弊害の方が大きいと著者はいいます。
そして書店大量倒産の危機を作り出している最大の原因は「本屋自身の経営努力が足りないから」と著者はバッサリ。
現状、どの書店チェーンも売上高に対して営業利益率がほんの少しかマイナスしかありません。街の書店の売上を支えている雑誌とコミック(実に売上の半分がこの2つ)が不振の状況では、本屋はもう本だけでは商売が成り立ちません。よって、書店が生き残るためには本以外の商材を探して売り始めなければならないのです。
これは実に恐ろしいことだと思います。自分もまさか本屋(というか出版業界全体)がこのような危機的状況にあるとは全く知りませんでした。どの業界もモノが売れなくて四苦八苦しているのは知っていましたが、本屋に至っては「本(雑誌・コミック含む)」だけでは商売が成り立たないほど経営危機に陥っているというのはショック以外の何ものでもありません。
本書では触れられていませんが、恐らく書店の経営危機にはAmazonに代表されるネット通販の脅威とメルカリなどネット系フリマ市場の成長なども関係しているのでしょう。私も便利なのでついついネットで本を買うことが多いのですが、出版業界の窮状を知った今は、本は本屋で買い、少しでもそのサポートができればと思いました。街から本屋が消えていいことは一つもありません。
著者をプロモートする新たな書店ビジネス
書店の危機的状況が分かったところで、では実際問題として書店は今後どうすれば良いのか。その解決策について著者の案を紹介します。
まず、書店は新たなビジネスを立ち上げるべきといいます。具体的には各地の書店が著者講演会のプロモーターになり、書店を(別会場も含め)人の集まるイベント会場に変化させるのです。
仕組みをざっくりと紹介すると、書店は著者講演会を主催。会場を押さえ、出版社から本を70%掛けで買取る。その他、著者接待、メディア対策、地元企業への協賛金集めなどを行います。
著者は新刊(近刊)をテーマに講演を行い、販売する本にはサインをする。本書のシュミレーションでは採算が取れるのは集客が178人以上の場合となります。500人集客できれば約130万円の利益となり1つのイベントとしてはなかなかの収入となります。
ここでの課題は集客だけです。ある程度、名前が売れている作家であれば集客の問題はないでしょう。今まで書籍しか売ってこなかった書店員にいきなりプロモーション業務をさせるのは酷なように感じますが、著者も述べている通り書店が主体となってリスクも利益も引き受ける覚悟がなければ現在の書店が陥っている窮状から抜け出すことはできません。少しでも気概のある書店員さんに頑張ってもらい、このビジネスを推し進めてもらえればと思います。
美術業界に身を置く私にとってこの著者プロモートは美術の世界に置き換えると、ギャラリーが作家を育てるのに似ています。ギャラリーは作家の個展を開いてその作品を紹介(販売)すると共に収益も上げる。
作家とギャラリー双方にとってメリットのある仕組みが一応出来上がっています。また、ギャラリーの中には作家を育てるという気概を持ったところもあります。なので、書店も地元の作家や書店に縁のある作家を育てるという気持ちでこのプロモーション事業をやっていけば、書店と作家の双方にとってwin-winの関係になるのではないでしょうか。
書店が生き残るためには
最後に、本書で一番心に残った言葉をご紹介します。それは有隣堂の松信健太郎さんの言葉です。
松信さんは、世の中が不確実性を増す中、「自分の頭で考える」ことの重要性を強調します。そのためには「経験、体験、知識、教養、疑似体験」が必要となり、本という媒体は「知識、教養、疑似体験」の分野で圧倒的な力を発揮すると断言します。
そして、日本が再び自信と活力を取り戻すためには国民一人一人の情報収集能力を高めなければならない。そのための最適・最強のツールが「本」なのだといいます。そして冒頭の言葉につながるのです。
「紙の本は大切です。だから私たちを守ってください」は通用しない。これは一見冷たい言葉に感じます。しかし「本」の有用性は誰もが認めるところですが、だからといって「守ってください」だけの他力本願ではいけない。他人に頼るばかりでなく、現実を見つめ最大限努力する。その重要性を松信さんは言っているのだと思います。
松信さんのこの言葉からも自らの立場を俯瞰し、現状を冷静に分析し革新的に物事を捉えていることが分かります。
有隣堂は新しいことに挑戦し、何よりもファンを大切にする会社です。その象徴の一つがYouTubeのコンテンツです。自分たちの持っている知識・経験をオープンにして、ファンのために活動する姿勢が着実にモノになり登録者数は29万人を超えています。(2024年8月現在)
常日頃から顧客のことを考え「どうしたら楽しんでもらえるか」「どうやって新しい体験を提供するか」を考える。このような地道な活動がイノベーションや改革の原動力となっているのです。
これは書店をどうするかという小さな話ではなく、これからの日本はどうしていくべきかという壮大な話ではないかと思います。
モノが売れない、ヒット商品が出ない、イノベーションが起こらないのは、日本の社会構造やサービスの多様化などに原因があるのは言うまでもありませんが、かといってそれを社会のせいにしても何の解決にもなりません。
そうではなく、有隣堂の松信さんのように「だからどうするか?」を真剣に考える必要が全ての組織、企業には求められるのではないでしょうか。
私も地方の小さな美術館で学芸員をしていた時「もっとお客さんが来るためにはどうしたら良いか」と考えたことがありました。その時は「もっと良い立地であれば」とか「収蔵品がもっと良ければ」とか、無いものねだりの発想ばかりでした。
しかし、松信さんのように「どうすれば良いか」を真剣に考えれば自ずと答えは出ていたのではないでしょうか。「お客様を楽しませるには?」「美術館が人々の役に立つためには?」「美術を楽く学ぶには?」など、考えれば考えるほどアイデアが出てきたはずです。(ただ当時は忙し過ぎてそれを考える時間がありませんでした…。)
まとめ
私も本が好きなのでよく本屋に行きますが、まさか多くの書店がこのような瀕死の状態にあるとは夢にも思いませんでした。本の売上がピーク時の半分というマーケットの急激な落ち込み。そして出版業界が抱える「再販」と「委託」の二つの制度に翻弄される書店。もう書店は本だけではやっていけないという悲しい現実。
しかし、著者の提言を参考に書店もビジネスを始めれば必ず良くなると思います。ぜひ、書店が作家のプロモーターとなって出版業界を盛り上げていってほしいと思います。
最後の有隣堂、松信健太郎さんの言葉には勇気づけられました。現状に憂いていてもしょうがない。自分たちの置かれた状況を冷静に見つめ、そしてファンの方々のために熱くなる。これこそ今の日本に必要な組織のあり方だと思います。
本書が本屋再生の第一歩となれば嬉しいです。