レッテル貼りへの反省とポジティブ謝罪【Vの話】

※本記事には、ライブ配信アプリごとに定められた「規約」に違反する行為を容認・助長する意図はありません


「界隈」って言葉がマイナスなイメージで使われることは、わりとある。
ひとつのプラットフォームの中で対立構造が出来た二者間、あるいは両者の所属するコミュニティ同士で使用され、互いに罵倒し合うというケースもある。
特にネットの世界では。

俺の個人的な思いとしては「界隈」は必要だと思っている。
それは言い方を変えれば「住み分け」であり、互いの良いと思うものを尊重し合い、守りつつ、苦手だな、いやだなと思う場所にはいかないという自衛行為だと考える。
お互いに嫌だなと思う界隈に近づかず、好きな界隈で好きなものを共有していれば、お互いにそういった「荒らされない聖域」の様な場所があれば、他の場所を貶したり見下したりする事なく楽しめるのではないだろうか。
というのが、俺の考え方だ。

・例えば「下ネタ配信」

下ネタは基本的に面白い。共感性が高い。他人をイジる時にも使いやすい。
しかし、一定数それを嫌う人もいて、苦手とする人もいる。
また、下ネタをインスタントな笑いの武器と考える人がたまにいるが、俺に言わせれば、下ネタほどユーモアセンスを要求される笑いも他にあまりないんじゃないかと思っている。
「下品」「気持ち悪い」「下ネタ言っときゃ面白いと思ってんのか」
などと思われるリスクと背中合わせで、その上、明確に界隈での人気カーストや当人のキャラクター性の影響を受けやすい。

カラっとした爽やかなイケメンが言う下ネタは「ユーモア」で、おじさんや一般的に「チー牛」と呼ばれる人が言う下ネタは「気持ち悪い」と受け取られる…
理不尽だとは思うが、こういった場面も人生にはある。
ルッキズムや人気カーストは俺もあまり好きではないが、現実問題としてそれらを切り離すことはかなり難しい。

①人気者がちょっとした下ネタでウケを取った。これはチャンスと下ネタに乗っかってみたら、自分だけ周囲からドン引かれた…
②普段はあんまりウケを狙わない「真面目な印象」を持たれている人が一度下ネタを言っただけで「え…○○さん、本当はそんな人なんだ…」と、最悪のギャップを与えてしまった…

みたいな事を見たり経験した人もいるのではないだろうか。

下ネタが難しい事だ、という俺の意見はこれくらいにしておく。
俺個人は規約的に問題がない程度の下ネタ配信はアリだと思っている。
※自分に下ネタを適切に処理する能力がないので自枠ではしないけど

ただし、「自分は下ネタキャラだ」と開き直って、下ネタを言わない人の配信のコメントやコラボで下ネタを言いまくるのは良くない。シンプルにセクハラだ。
同じように、配信主の意思で「適度な下ネタ」を楽しんでいる配信で「下ネタはやめろォ!不快だァ!」とわざわざ配信に行って騒ぎ立てるのも良くない。シンプルに迷惑だ。

「下ネタが言えない枠だな」と思ったら言える枠に移動する。
「ああ、苦手な下ネタを言う枠だな」と思ったら下ネタのない枠に移動する。
俺の言う「住み分け」とは、シンプルにこういう事だ。

・無意識なレッテル貼り、選別

自分の枠に来てくれるユーザーの数名に「下ネタ配信が嫌いな人」がいる。
俺はその人達に離れていってほしくないし、自身も「ユーモアもへったくれもないただの下品な下ネタ」や「セクハラになるような、他者が望まない下ネタ」は嫌いなので、自枠では下ネタ系のコメントをご遠慮願っている。

一度、ある人気の配信者さんが俺の枠に入室してくれたことがある。
いわゆる「センシティブ配信」などを好んでしている人たちと仲の良い界隈の方だった。
正直「あっ」とは思いつつ話を続けていると、普通にコメントしてくれたし、下ネタではない面白いコメントで配信を盛り上げてくれた。
特別な事は何も話してはいないが、割と長くいてくれたし、俺はちょっと拍子抜けしたとともに、自分の考えの狭さに気づいた。

今まで、その人のみならず、その人が要る界隈全体に「レッテル貼り」をしてしまっていた事。
下ネタを言う人だって、のべつまくなし、無差別に下品なワードをまき散らしている人ばかりではない。
第一、配信アプリなどで一定の実績・フォロワーがいる人と言うのは、当たり前に人間的魅力・トーク力・コミュニケーション能力に優れている人なのである。
下ネタ配信が目立つ人だとしても、コミュ力が高いという事は当然にTPOもわきまえられる人なのだ。
※一部、例外も存在するが

「自枠では下ネタを言わない」
という自分の中だけでの決め事が、いつしか
「下ネタを言う配信者と仲良くしたら、自分も同類と思われる」
になり、さらに
「下ネタ配信を言う人はみんな同じだ、苦手だ」
と、自枠での下ネタを規制する考えが凝り固まりすぎて、いつのまにか考えが無意識に『排他的なベクトル』に向いてしまっていたように思う。

そして、自分のアプリ内での交友関係を振り返ってみると、また違うものが見えてきた。

「自枠で下ネタを言わない」はアプリを利用していく中で、途中で決めたことであり、それ以前の俺は下ネタ的な言葉を使う人の配信にも行っていたし、今でもそういった人達とは仲がいい。
下ネタを楽しみに行っていたわけではないが、コミュニケーションツールのひとつ、くらいの軽い認識でいたことは事実だ。

要は、
「下ネタ配信をする配信者はみんな同じ」
という気持ちを抱きながらも、
「※ただし、俺と仲のいい奴は別」
という様な卑怯な自分ルールでの選別をしてしまっていたのである。

古くからなじみのある配信者の枠にお邪魔した時に、俺から何かコメントをする前に、
「あ!しばにぃ!ごめんね、今ちょっとセンシな話題してたけど、もうやめるね」
と気を遣わせてしまったことがある。
これは最悪だ、と我ながら思った。

自分の中では「自枠の中だけのルール」だと思っていたことは間違いない。
しかし、俺の配信にも来てくれるその人には「自枠・他枠を問わず下ネタは全てNG」という風に伝わっていたという事になる。

すみっこの端くれ配信者の俺でもわかる、当たり前の事。

「自分がどう思っているか」よりも「相手にどう伝わっているか」の方がよっぽど重要だという事。

そして、俺の考えは間違って伝わっていて、それは受け取り手の責任ではなく、俺の中で無意識に変わってしまった「下ネタ」への考え方に問題があった。
これを、これからは意識して改めていこうと思う。

・『木を見て森を見ず』他の木も同じだ、と決めつけていた

・自分の枠には「下ネタが苦手」な人も来てくれるから、下ネタを言わずになるべくみんなの興味のある話をするように心がける
・下ネタを言う枠は、そのジャンルの話が好きな人、そのノリが好きな人が自主的に集まっているのであれば、規約違反や問題さえなければ普通に需要のあるもの
・自分が下ネタを言っている配信にリスナーとして入った場合、郷に入っては郷に従え、その枠のノリに合わせる(不快に思ったらリムーブ)

改めて、こんな感じで自分の考えがまとまった。

Twitterなどで下ネタコメントに悩まされている人の呟きや、DMで相談してくれる人などの意見で、「下ネタを言う人」を一くくりにしてしまっていたのは事実だ。

「空気を読まずに不快な下ネタを言うユーザー」はあくまで一部であり、言うべき場所と相手をわきまえて、合コンの話題くらいのノリで話されるものは受容されるべきだと思った。
ライブ配信の本流であるYoutubeでもある程度の過激すぎない下ネタは受容されているのだから、それと同じ程度には用いられていいはずだ。

「下ネタを言う人」=「配信者や他のユーザーを困らせる害悪」
ここまではさすがに思っていないが、仲いい人の中には、俺がこう思っていると感じる人もいるかもしれない。
そして、自分の中で仲のいい人だけを無意識にセーフ判定していたこと、これはもう間違いない。

・まとめ

改めて言う。
俺は「下ネタを言う人」が嫌いなのではない。
「下ネタを乱用して他人に迷惑をかける、不快な気持ちにさせる人」が嫌いなだけだ。
というより、それは下ネタに限った話じゃなかった。

過激な言葉も、他者に対するイジリも、相手がノリとして受け入れているのであれば(規約違反にならなければ)セーフ、不快になったら(規約違反・及び不法行為になるのならそれも当然)アウト。

過激な発言も、イジリも下ネタも、誰も(特にされた側本人が)不快にならない形で行われるのであればエンターテイメント。
それだけのことだ。

下ネタを主武器とする配信者の中に苦手な人がいる事は事実だ。
けれどそれは下ネタそのものではなく、下ネタによって傷つけられた人がいたから苦手・嫌いになった、が本当のところのはずだ。
そこがいつの間にかごっちゃになっていた。

メチャクチャ長々と当たり前のことを書いてしまったが、文章を書くことは自分の思考整理になる、という事を改めて強く感じた。

視野が狭かった自分。
そして、俺の視野が狭いせいで嫌な気持ちにさせた人達。
すみませんでした。

今日からちょっと視野を広げて、色んな人と楽しんでいけたらいいと思ってます。

改めて、宜しくお願いします。

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