見出し画像

全力でおしたい駄洒落、晩秋編

 秋の日差しが傾きかけている。時おりヒヤリと頬をさす風が心地良かった。色づいた落ち葉が足元でサクっと鳴る。三つの影の真ん中はひときわ大きくカートと一体化している。まさかこの自分に休日の午後にこの公園の池のほとりを「家族」と一緒にそぞろ歩く日が訪れようとは。彼女は戸惑っていた。これが幸福でなくて何だというの。でもこの時間は幻だ。だってここはあたしの本当の居場所じゃないもの。
「じゃあまたね。あたしは失礼します」
ひとりで電車を乗り継いで狭くて遠いアパートに戻る。思いがけず空虚な心であの二人が当たり前のように共に過ごし言いたいことを口にしあう姿を想像していた。何度も。
 あの日、肩の荷をおろしたと安堵したけれどただの勘違いだった。空っぽの心と手のひらを見つめながら湧きおこる懐かしい感覚を反芻する。肩はもう重くない。だけどこの症状は明らかに「かたおもい」だ。彼女の手は全力で押したがっていたあの乳母車を。

401文字

たらはかに様の企画に参加しています。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?