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聴診器が海苔 ②

 聴診器が海苔子の胸に触れた。彼の鼓膜とチェストピースの膜の震えが共振した。化粧を落として診察着を纏った海苔子はいつにもまして実際より幼く見えた。
「吸って」
小さなふくらみがことさら己を誇示するように彼に挑みかかる。
「とめて」
彼はバインダーをのぞき込み書き込むフリをする。
「ありがとうございました」
いくらか赤みの差した頬にいつもの営業的とも受け取れるの微笑がうかんだ。
「こちらこそ。私は見習いです。後で先生が改めてお話ししますので」

 控室に戻ると彼は白衣を脱ぎ捨てた。確かにあれは海苔子だ。知人の紹介で医師でもない自分が失脚したとはいえあんな姿の雲の上の存在と向き合ったのだ。
「いかがでしたか」
『診察』をセットしてくれた男が現れた。
「これを」
彼は目を伏せ白い角封筒を差し出す。
 それにしてもまるで海苔が擦れ合うような乾いた音だったな。

 診察室に戻った元マネージャー兼夫が問う。「大丈夫か」
「仕方がないわ。生活かかってるし」

410文字


久しく旧Twitter現在Xから遠ざかっておりましたが、こちらの主催者であるたらはかに様のおめでたい受賞情報を耳にいたしました。遅ればせながらおめでとうございます。

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