「タイムスリップコップ」時を滑る土器
時の流れからすべり落ちた小さな土器が私の部屋にある。博物館の売店で買ったレプリカだ。ある晩、縄文人ふうの子どもが現れそれを見つめていた。何が起きたのかも見えた。その子だけが母親から器を渡されていなかったのだ。彼は茫然とつっ立っている。母親は彼を叱りとばす。人から奪うなり自分でこさえるなりどうにかしろと。私は合点がいった。彼女は逆切れしているのだ躾と称して。あの子は私だ。コップを持たされずに惨めな気持ちで帰宅したうえ詰られたことのある私にはわかる。きっとよくある話なのだろう。ついうっかりと忘れてしまう。悪気はなかったのだ。だが母は自分の落度を指摘されたような気持ちになりそれを巧みにフォローしない私を恨んだのかも知れなかった。だがもはや確かめようもない、あの頃の母はもうどこにもいないのだから。
それはそうと、明日こそは新しいコップを買って持っていかなくては。母の入院先の施設から何を言われるかわからないもの。
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