毎日投稿365日目。誰かの頭のなかは、誰かの読み物になる。
とにかく、まいにち何を書こうか考える日々だった。
はじめる前に決めたことは2つだけ。
・500~1000文字前後は書こう。
・ただの日記にならないようにしよう。
書きはじめたころは、下書き4つとか書けたな。
有料会員になって、4日分を予約投稿したりして。
こりゃあいい、と思っていたけど、下書きをそんなに書けたのは15日目くらいまで。
「書き溜め」って、そうそうできないよ。
それからは1日1記事をコツコツと。
20日、30日と慣れていくと、いろんな人の記事と比較ばかりしはじめた。
そうだ、あのことを書こう!とインスピレーションが沸いても、似たようなテーマの記事を見ると、その出来の良さに書かずにやめたこともあったなあ。
そもそも、自分が書きたかったのは「エッセイ」なのだと気づいたのは50日目くらい。
知りあいをわざわざ引き留めてまで言うことでもないような、なにげなーく自分が「思ったこと・感じたこと・考えたこと」を、「カタチ」にしてみたいと思ったっけ。
誰かの頭のなかは、誰かの読み物になる。
そう思えたのも、いつのまにか自分がnoteでそんな記事にたくさん触れていたからだと思う。
80日目くらいからかなあ、書くのがとてもつらい日が出てきた。
「いいもの」を書かなきゃ、というプレッシャーはまだまだあったんだと思う。
同じく毎日投稿をしている方々の記事を読みあさり、励まされたり学んでいった時期。
100日も経つと「このままじゃ続かない」と肩のチカラを抜けるようになってきた。
「あ、きょうはあのことを書こう」とテーマが決まっている日は早い。書くことも楽しい。
しかし150日、200日と書き続けるなかで、書く内容に困ることは、山ほど、それはもう山ほどあった。
毎日投稿は0時が締め切り。
23時台には「何を書けばいいんだよ」と悶絶しまくった。
ひたすら頭のなかでイメージが沸くまで唸る。
この時間は地獄だった。
300日目くらいになってもそれは同じ。
机に向かえば書きたいことが浮かんでくる、なんて境地にはまだまだたどり着けない。
楽しかったか、と言われればつらい思い出のほうが多いかも。
でも、書き上げた瞬間は抜群に気持ちがいい。
おれはムダに生きてないぞって、存在意義を感じられる。
書くために行動力を発揮しているときも。
ちょうど200日目くらいのころかな、会社から山口県に1か月間出張してくれないかって打診をされた。
「ネタになるかも」「知らない土地の空気を吸えば、もっとインスピレーションが沸くかも」なんて淡い希望を抱いてOKを出した。
結局、そんなに都合よくパカスカとインスピレーションが沸いたわけではなかったけど、出張先で学んだこと、気づけたことは多かったし、自分の人生においては120%いい経験ができた。
毎日投稿をやって良かったかと言われれば、やって良かった。
デメリットは「書けない日のつらさ」だけで、あとは人生においてメリットしかない。
まいにち何を書けばいいの?と思われる方は、自分の頭のなかをぜひ書いて欲しい。
「あったこと」や「やったこと」を書くのは日記だけれど、「思ったこと・感じたこと・考えたこと」を書けばそれはエッセイになる。
そしてそれをわたしは読みたい。読ませて欲しい。
毎日投稿をつづけて、ひとつわたしのなかで変わったことは、いまは書きたいよりも読みたい、が強くなった。
書くことに追われ、いつのまにか本も記事も読めていない。
すっかりガス欠。
なので、毎日投稿はこの365日目をもって終わることにいたします。
自分で勝手にはじめて、自分で勝手に終わるのだから「わざわざ発表せんでもえーよ」と言われてしまいそうだけど、この1年間スキをいただいた方々へのお礼もかねてお伝えいたします。
もちろん、noteは続けるよ。
いったんですが、1年間ありがとうございました!
きょうはお祝いしてこよう。