退職者に餞別を渡すことは、今いる従業員の気持ちを大切にすることでもある。
むかし、退職の餞別(せんべつ)に「柳刃包丁」をいただいたことがある。
なにも物騒な話ではなくて、転職先が回転寿司屋の板前だったので、はなむけにいただいた。19歳のころ、18歳で入社したシティホテルをたった10ヶ月で辞めてしまったときだ。
「正本」という、柳刃包丁界では質の良い包丁で、あとから知ったのだがなんとお値段が3万円くらいする。
10ヶ月しか勤めていない19歳のこぞうに、よくこんな高級なプレゼントをくれたものだと思う。
平日は1泊5000円ほどの田舎の小さなシティホテルだった。式場や宴会場を設営する10名程度のチームに配属され、フロントやレストランなどのスタッフとも関わっていたけれど、たぶん合計20名くらいの方々が、お金を出しあってくれたのだと思う。
当時は薄給で、手取り11万円ほど。お金なんて無くて無くて、とてもじゃないけどそんな買い物はできなかったので、とてつもなくうれしかった。
19歳のころなんて働き終わったあとの遊ぶ時間だけが楽しかった。仕事ではマナーも礼儀礼節も分からず、二日酔いで出社したある日、上司が「かわいそうだけど、二日酔いは病気じゃないからなあ」なんて優しく言いながらも、いつもどおりの仕事を振って鍛えてくれたっけ。
それから時が経ち、わたしも30歳も過ぎて管理者のはしくれになった。自部署の誰かの退職の話があれば、なるべく餞別の音頭を取るようにしていた。
しかし、世の中の人々はいろいろな考えをお持ちなので、今勤めている会社の上司Aさんは「なんで辞める人にお金出さなきゃいけないの」と、500円の出費もいやがる。
これに関しては、価値観は人それぞれなので、別に文句のつけようもないのだけど、それを聞いた部下さんたちは「やっぱりあの人はせこい。ケチだな。無情だな」と、オートで評価を下げだす。
たぶんだけど、退職者への餞別というのは、その人にお世話になったお礼はもちろんなのだけど、既存の従業員への「会社の姿勢」みたいなものを見せる場でもあるのだと思う。
「なんで辞める人に金を出さなきゃいけないの」と思う人もいれば、そんな人を見て「なんで辞めるときくらいあたたかく送り出してあげられないの」と思う人もいるってことだ。
そんなちいさな瞬間に、人は会社へのロイヤリティ(忠誠心)を上げたり下げたりするんだろうね。わたしだってそうだもの。
なので、餞別を惜しげもなく渡してくれたホテルスタッフのみなさんには、高級品をもらってうれしかった気持ちの他に、そんなことを学ばせてくれたキッカケにもなっていることに、いまでも感謝しています。
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