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歯医者は学歴で選べ

【Fラン歯学部に通っていた話】

僕が19歳の春、一浪して入学した大学は、「Fラン」と呼ばれる偏差値の低い歯学部だった。僕はその大学に5年在学し、1回留年し、中退した。ここでの日々はある意味刺激的で、思い返すと本当に無駄だった。けれど僕はここで過ごした日々を一生忘れないと思う。

 僕は小中高をエスカレーター式の一貫校に通った。何も考えなくても、勉強しなくても高校生になることができた僕は、当然のように、大学もなんとなく進学できると信じていた。とりあえず一番上を目指すか、というノリで医学部を志望したが、まともに受験勉強もしていないのであっけなく玉砕。浪人して初めて進路について真剣に考え出した。

 予備校に通い始めるも、勉強は辛かった。そんな時にイオンの和幸でトンカツを食べながら父に言われた、「歯医者を目指さないか」の一言。これがすべての始まりだった。

 申し遅れたが、僕の父は開業歯科医である。僕に後を継いでほしいと思っていたらしい父からの一言に、僕の気持ちは持って行かれた(これまで散々嫌だと言ってきたのにも関わらず)。

医学部に進学するための勉強を投げ出したい気持ちから、僕はあっさりと歯学部に志望を変更した。しかも、とことん勉強したくなかった僕は、推薦入試に目をつけた。そして一番早い時期に試験を行っていた某私立大学歯学部の推薦入試を受験し、合格。大した努力もせずに受験生活を終えたのである。

 話の本筋に入る前に、歯学部の入試事情について簡単に説明しておこう。私立歯学部は偏差値がはちゃめちゃに低い大学がたくさんある。僕が受験した時は、受験者数が定員を下回る「定員割れ」をしている大学がちらほらあった。これらの大学は学費がクッソ高いので、入りたくても入れない人が多く、逆に言えばどんなに勉強ができなくても、金さえ積めば誰でも入れる状態になっている。偏差値が高い大学はきちんとした学生が多いと思うが、底辺大学ではボンボンや成金の子息が、頭は悪くとも「先生」と呼ばれる職に就きたいがために進学しており、医療人になる自覚も倫理観も持ち合わせていない人が多い。

 入学して数ヶ月経ちやっと気づく。Fラン歯学部は「ヤバイ」。

ヤバさになかなか気づけなかったのは、高校と大学は違うという先入観のせいだろう。大学はこんな感じなんだ、と錯覚してしまっていた。金持ちがウジャウジャいる世界。ヤバさに最初に気がついたのは、周囲の人の「金遣い」だった。一緒にご飯や遊びに行くと当たり前にように数千円、数万円が飛んでいく。高級マンションの上層階に住み、夜は毎日のようにパーティに繰り出し、誕生日には親からベンツをプレゼントされる。親が年商億越えみたいな奴が腐るほどいるのだ。僕の実家もそこそこ小金持ちだったはずなのに、大学内では僕が一番貧乏で、ついていけなかった。昼飯はスーパーの安い弁当を買って食べていたし、基本的に話が合わず、友達はできなかった。

 それもそのはず、繰り返すが私立歯学部の学費はバカ高いのである。ストレートに卒業できたとしても6年間で数千万円はかかる。しかし世の中には金持ちがたくさんいるもので、兄弟でこの大学に通っているような奴もおり、金持ちにとってこの額は痛くも痒くも無いのだ。

 ちなみにお勉強はこれまでしてこなかった人が多い。これまでほとんど勉強してこなかった学生を、「先生」に仕立てるために、Fラン歯学部では普通ではありえないようなカリキュラムが存在するのである。1年生の教養科目では、高校数学で学習したはずの「因数分解」の講義が存在した。そして学生は「難しい」、「解けない…」と苦労しながら授業を受けているのである。また、大学によっては「ノートの取り方」を教える講義まで存在し、在学する学生がいかにこれまで勉強に縁がなかったかが分かるだろう。

 僕が通っていた大学では1年間で4単位以上落とすと留年。落とした単位は次の年次で取らないといけないシステムだったので、留年者が続出した。

 もちろん、国試(国家試験)に受からないと歯医者にはなれない。これまでほとんど勉強してこなかった学生が大学に入学して、いきなり人体や医療のすべてを覚えなければいけないのだから、国試がいかに高いハードルであるかが分かるだろう。

 そのためFラン歯学部では、留年率を限界まで高めたり、国試の前に卒業試験を受けさせて、国試に合格しそうもない学生には国試を受けさせないようにしている。卒業試験を通過した学生だけに国試を受けさせても信じられないような低い国試合格率を叩き出すのだから驚きである。大学別の国試合格率は公表されているので、ぜひググって欲しい。

 入学は容易だが、歯医者になるのは難しい。さすがに金を積んでも国試には合格できないので、歯医者になれず、無駄に歯に詳しいものとして大学を去るものも後を立たない。

 また、歯学部を卒業したものの、国試に合格できず、さらにバカ高い学費を払って国試のための予備校に通う者もいる。ここまで頑張ってしまうと、いよいよ歯医者を目指す道から降りられなくなるのだ。これは風の噂で聞いた話だが、予備校に何年も通い、しかし国試には受からず、自殺してしまった人もいるという。

 「無駄なことなんか何もない」と人は言う。しかし、僕は何度思い返してみても、ここで過ごした日々は僕の人生において「無駄」だった、と思う。バカみたいな金額の学費を投資し、絞りカスみたいな経験しか残らなかった。

 この話を読んで、読者の皆様が笑ったり、ゾッとしたり、将来について真剣に考えたり、そのようなきっかけになればせめてもの救いである。


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