防災省は必要か?
はじめに
先日の自民党総裁選で選出された石破新総裁は総裁選を通じて、「防災省」の創設を主張している。本稿では、日本の災害対応の組織体制や災害対策本部の概略について記述したうえで、「防災省」のような機関を新設することの是非について筆者の見解を述べる。
要旨
日本では各省庁がそれぞれ責任を持ってそれぞれの分野で災害対応を担う。
他方、横の連携を確保するため、平時では中央防災会議、非常時では災害対策本部の下で、内閣官房、内閣府防災担当が中心となり、総合調整が行われている。
「縦割り」自体が悪ではない。
「防災省」を設立することそのものに実質的な意味はないのではないか。
日本の災害対応の組織体制
日本では、各府省庁が責任を持ってそれぞれの所管行政分野において対応しているものの、平時においては、内閣府特命担当大臣(防災)の下、内閣府防災担当が防災会議等を活用し各省庁の取組を総合調整した上で政府の方針を決定し、各府省庁において関係施策を実施・推進している。また、総合調整に際しては、内閣府特命担当大臣(防災)は、平時・発災時を問わず、内閣府設置法に基づき、特に必要があるときには、各省に対し資料の提出や説明を求め、勧告を行う権限を有している。
また、緊急事態に際しては、事態に応じ緊急参集チーム(関係省庁の局長クラスの幹部が集まる)が官邸に参集し、初動措置に関する情報集約や連携を行っている。大規模な自然災害時には緊急参集チームを格上げし、災害対策本部という臨時の行政組織が設置され、内閣総理大臣や内閣府特命担当大臣(防災)の指揮の下、関係省庁が一体となって対応することとなっている。
日本は災害対応が縦割りになっているのではないか。
地震・津波といった自然災害については上記のように内閣府防災担当を中心とした組織体制がとられているものの、日本では災害の種類ごとに根拠法や担当府省庁が異なり、災害全般を所掌する組織がないという指摘がある。
さらに、自然災害の中でも総合調整は内閣府防災担当が担うものの、救命救急活動は消防庁、治安維持は警察庁、地震等の観測・分析は気象庁、道路復旧等のインフラ整備は国交省、衛生関係は厚労省、産業復旧は経済産業省、、、というように各省バラバラに取り組んでいて非効率だという主張もある。
他方、災害や事故はそれぞれ全く異なる性格を有しており、対応に必要とされる専門性は異なり、さらに、一つの災害でも多岐にわたる分野の取組が必要であり、それぞれのプロフェッショナルが仕事をするという観点では縦割りそのものに問題はないはずである。
問題なのは横の連携が全く取れないことであり、それに対しては日本では、前述のように平時では中央防災会議が、非常時では災害対策本部が調整機能を有し、横の連携が確保されているといえよう。
災害対策本部といっても本部会議の開催時間は毎回10分程度で、そこでの各省大臣での発言は事前に作成されたメモを読み上げるだけであり、本部会議で大臣自ら積極的に議論しているわけではなく、本部は象徴的な意味しかないのではないかという見方もあるだろう。しかし、本部会議自体は事前に各省間で調整された事項を発表する場であり、本部会議を開くにあたっては対策本部の事務局を担う内閣官房と内閣府防災担当が中心となって各省が横の連携を取りながら日々情報共有され、また様々なことが調整されている。
さらに、内閣官房や内閣府防災担当の職員も関係省庁からの出向者が多く、それぞれの省庁のことにも精通した人が一つの職場に集まっており、日々の事務レベルでも各省の取組が縦割りにならないように工夫されている。
「防災省」は必要か?
上記のような中央防災会議や災害対策本部による総合調整では不十分であり、「防災省」のような災害対応を一手に担い、各省に対しても強力な指揮権を発動できる組織を日本にも設けるべきという主張もある。
この手の議論でよく比較されるのが米国のFEMA(Federal Emergency Management Agency:連邦緊急事態管理庁)である。FEMAでは、「オールハザードアプローチ」が採用され、災害の種類や規模を問わず連邦政府内で危機管理行政を一元的に調整している。本部の職員は待機要因含め7千人以上を抱え、地域事務所も10か所ある。また、大統領による大規模災害宣言・緊急事態宣言が発せられた場合、FEMAが強力な調整権限を発揮できることとされている。要は、FEMAのように災害対応を一元的に担い、各省に対しても強力な指揮権を発動できる組織を日本にも設けるべきという主張である。
他方、繰り返しになるが災害や事故はそれぞれ異なる性格を有しており、例えば各省の災害対応を担う部署を全て一元化したとしても、巨大な組織となり、マネジメントにかなりのコストがかかる。加えて、もし統合するなら担当ごと(例えば救命救助担当、インフラ担当等)に責任あるポストを設けざるを得ず、防災省という巨大な傘の下で縦割りになるだけではないか。さらに、そもそも災害対応を担う部署といっても、災害対応とそれ以外を厳格に切り分けることは難しく、各省から災害対応関係部署を「防災省」に移行することはできない。
「防災省」の設立は、メッセージとして分かりやすく、それにより災害対応が迅速に進むように思われがちだが、実質的な意味はないのではないか。もちろん、「防災庁」「防災省」というように防災を担う各省の部局を統合し、それによって予算・人員をさらに拡充するという石破新総裁の主張には説得力はあるが、あくまでも「防災庁」「防災省」の創設が目的ではなく防災政策の強化のための手段の一つに過ぎないということは重要な点だろう。
参考文献
2014.8.27政府の危機管理組織の在り方に係る関係副大臣会合 各種資料