短編小説・スペースボール

「スペースボール、スペースボール、飛ぉーんだ」子供たちの歌遊びが示唆しているのは、宇宙探査機サトシとサトルの行く末。

【スペースボール】

すべての探査機には愛称が付けられていた。
宙を飛んでいるのがサトシ。
地上を這っているのがサトルだ。
二機で一組というわけではない。
彼らはむしろ敵といってもいい。
と言っても、機械に敵味方の認識はない。あくまで人間側からの見解だ。
彼らには不正侵入防御システムが組み込まれていて、「危害を及ぼすもの」と判断するものが半径３メートル以内に近づくと、対象を撃退するような機能が備わっていた。
そういうわけで、サトシとサトルの二機はもうさんざんドンパチやったのち、ようやく互いの距離感を学んだのだ。
二機はそれぞれ違う国から送り込まれたが、しばらく着かず離れずの関係を続けていた。
探査機サトシとサトルは常に一定の距離を保っていた。
果てしないスペースを、一定の速度を保ち、針路に従って進んでいた。
空中と地上で、二機の間にはどこまでも平行線が引かれていた。

たまにこんなことがある。
どちらかが何かを感知して停止すると、互いの距離感が崩れる。
発見者は仔細に対象の観察をはじめる。もう一方はまっすぐに進んでいく。
発見者は対象を粉砕し格納庫に吸い上げる。その間にも、もう一方は進行を続けている。
しかし、しばらくすると二機は再び同じ距離に戻って、なぜか一緒にいる。

またある時はこうだ。
どちらかが何かを感知して停止する。もう一方も同じ何かを感知する。
第一発見者は仔細に対象の観察をはじめる。第二発見者も観察するべく、対象に触手をのばす。
その触手を「危害を及ぼすもの」と判断した第一発見者は相手を攻撃する。攻撃を受けた方も応戦する。そしてちょっとした戦争のようなことが起こる。
その様子は大輪の打ち上げ花火のような美しさだ。
しかし、広い宇宙空間にその観客はいない。
再び二機の距離が保たれると、戦争は終わる。
二機は何事もなかったように、果てしないスペースの移動を続ける。
サトルとサトシ、二機は想像もつかないくらい頑丈だった。

地球では子供たちが手を繋いで遊んでいた。

「スペースボール、スペースボール、飛ぉーんだ」

そう歌いながら、輪になった子供たちは手を離して後ろに飛びのいた。
それからチョークで引いたサークルの中に飛び込んで、陣地取りゲームがはじまる。
そういう遊びが世界中いたる所の子供の間で流行っていた。
歌はどこの国でも日本語で歌われた。
その頃、日本語がちょっとしたブームだったのだ。
もちろん、日本の名前が付いたサトルとサトシのコンビは子供たちに大人気だった。
百貨店では彼らのフィギュアが販売され、親たちはそれをクリスマスのプレゼントにねだられた。
サトルもサトシもそんなことは知らずに探査を続けていた。
二機が送り込まれた星はとてつもなく小さかった。
そして何も価値もない星だった。
「無価値の証明をする」。時にはそういう役割も重要だ。
二機はそのとてつもなく小さな星の外周を、満遍なく幾度も巡っていた。
だから彼らにとってその星は果てしなく大きいともいえた。
その様子は時折メディアに取り上げられ、ぐるぐると星の周りを回り続けるサトルとサトシは物笑いの種にされていた。
うっかり間の抜けたことをすれば「まったくサトルとサトシみたいなことをして」と揶揄されてしまう。
そんなことはお構いなしにサトルとサトシは探査を続けていた。

ある日、サトシが消えた。
これは大きなニュースになった。
メディアは視聴率さえ取れれば、価値のない探査機のことも取り立てる。
二機が同じ調査対象の無価値な物質をめぐって、相変わらずドンパチと戦争ごっこをしていた時のことだった。
いつもより高く浮上したサトシは、たまたま接近していた惑星の軌道に引き込まれて、未知の宇宙空間へと連れ去られてしまった。
子供たちはテレビの前に張り付いて、サトシの帰還を祈った。
そうするようにテレビ会社がお涙ちょうだいの番組を仕組んだのだ。
サトシに取り付けられたカメラが映し出すのは、どこかわからない暗闇ばかりだった。
やがて行方を追うレーダーは、サトシの死亡を告げるように反応をやめた。
その瞬間、最高視聴率に達し、テレビの前の人々は肩を抱き合って涙した。
サトルは黙々と前進を続けていた。
その健気な姿がまた視聴者の涙を誘った。
でも、しばらく経てばみんな飽きてしまった。
テレビ画面にはただただサトルが前進する姿と暗闇が交互に映し出されるだけだったし、レーダーは心動かす情報を何も拾わなかった。
そしてテレビ局は番組を打ち切り、みんなはサトルとサトシのことを忘れてしまった。

ところで宇宙には、宇宙ガエルという地球のカエルにそっくりな生物が存在する。
これは神話の時代から伝わる空想上の生物とも、実在する幻の生物とも言われているが、それに遭遇したと証言する宇宙飛行士も数名いた。
目撃したものは103日以内に死んでしまうというジンクスもあり、そして目撃証言をした飛行士たちは本当に103日以内に死んでいった。
ある者は宇宙で、ある者は地球のベッドの上で、車の中で、バスタブで、道端で。
恐ろしさのあまり口外することなく、胸に秘めたまま死んでいった飛行士もいたことだろう。

「スペースボール、スペースボール、飛ぉーんだ」

子供たちの遊びの中にもカエルは登場する。
スペースボールの歌遊びは三人でプレイする。一人はサトルの役。一人はサトシの役。そしてもう一人はカエルの役なのだ。
歌の中には直接「カエル」の名称は出てこない。でも歌詞のそれが示唆するのはどうしようもなくカエルなのだ。
　
宇宙ではまさに今、そのカエルとサトルが対峙していた。
カエルはしばらく前からサトルを待ち伏せしていた。
まさに３メートルと１センチ手前でサトルは停止した。
サトルは目玉のように仕組まれた二つの球体カメラを回転させて、カエルを撮影した。
それは地球のモニターに大きく映し出されているはずだった。
史上初、宇宙に生物が存在することを証明した決定的瞬間にも関わらず、それに気付くものは誰もいなかった。
みんなオリンピック観戦に夢中だった。
それに、何の価値もない小さな星の探査機は、とっくの昔に誰からも見捨てられていた。
モニターの向こうではすごいドラマが展開されていた。
カエルは飛んだ。サトルのお盆のような丸い背中に飛び乗った。
サトルはじっとしていた。防御システムは働かない。
カエルは巨大化した。サトルをつまみあげて腹に収めた。
カエルは巨大にも豆粒にもなれた。カエルには大きさの概念がない。
それがカエルの恐ろしいところだ。
満腹になったカエルは昼寝をする。浮き沈みする腹の中でようやくサトルの爆破装置は作動した。
サトルはカエルもろとも飛び散った。

「飲ーんだ。飲ーんだ。飛び散った。いっさいがっさいバーラバラ」

歌遊びの子供たちはここで、陣地であるサークルを飛び出してくすぐりっこをはじめる。

カエルの長い長い腸が天の川のように宙を漂っていた。
全ての放出された物質がくるくると一定の速度で回転し、長い時間をかけて星雲のような渦巻きを作り上げた。
ぶちまけたものすべてが漫然と宙に浮いていた。
サトルも同様、何かの破片にしがみついて回転しながら他のクズと一緒に掃き溜めへと運ばれていった。
サトルは死んだわけではなかった。ただ、ボロボロになっただけだ。
サトルに終わりはない。でも、何のために？

サトルは掃き溜めに棲みついて、6本の節のある足でクズどもを引き寄せるとだんごのように丸めていった。
探査機サトルにはそんな収集グセがある。
また、長い時間が流れていった。
それはとてつもなく長い長い時間だった。
その間にスペースボールの歌遊びをしていた子供たちは大人になり、親になり、年寄りになり、骨になり、骨が風化してクズになり、宇宙に登っていって無機物に精製され、完全に宇宙と一体となった。
サトルは一定のペースを保って、着実にだんごを転がして大きくしていった。
それはまさにカエルだんごと呼ぶにふさわしいものだったが、後の発見者にスペースボールと名付けられている。
有機物からなるその星は水と緑をたたえ、やがて多くの生物が誕生した。
素晴らしく美しいその星は第二の地球と賞賛された。
この頃には、サトルの存在などその星の大きさに比べると砂つぶのようなもので、誰も彼の存在に気づくものはいなかった。
それでもサトルは一定のペースを守って、カエルだんご転がし続けた。

サトシが戻ってきたのは、スペースボールに地球からの移住者も増えつつある「ある日」だった。
長い旅だった。しかし、サトシにはどうしようもなかったのだ。
サトシは様々な現象と偶然に翻弄され、またサトルの元に戻ってきた。
まず、「カサッ」と小さな音がした。それはサトシが不時着した瞬間だった。
機体の表面はボロボロだった。
そしてサトシの飛ぶための翼は燃え尽くされていた。
サトシが着地した地点は、サトルのいる場所からはあまりに離れていて、互いを感知するはずもなかったが、気づくと二機はまた一緒にいた。
翼のないサトシはサトルと同様、地を這った。
二機はきっちり３メートルと１センチの間隔を保って、横に並んで前進し続けた。
一定の速度と一定の角度を保って。
この星の自転は彼らが担っている。

「スペースボール、スペースボール、飛ーんだ！」

この歌遊びの最後には、宇宙の未来を知らしめるオチがある。

「サトシは死んだ。サトルも死んだ。みんな、みんな死んで、土の中」

子供たちはスカートや上着をめくり上げて衣服の中に頭を隠した。

星では、移住してきた住人たちによって、本当に、本当に大きな戦争が起こった。
爆弾が落ちて、星が裂けて、地中で眠っていたカエルの腸の破片に溜まっていたガスに引火した。
そして宇宙最大の大爆発が起こった。
それは本当に、本当に美しい輝きだった。
もちろん、広い宇宙空間にその観客はいない。
宇宙の膜に裂け目が入ると、そこから闇が広がって、そして、何もなくなった。

これはあくまで恐ろしいカエルのことを綴った物語ではない。