農民の宗教観を変えたUXデザイン - ゴシック大聖堂
これは フェンリル デザインとテクノロジー Advent Calendar 2020 16日目のはずだった記事です。
クリスマスはイエス・キリストの誕生日として知られていますが、元々は異教徒による冬至祭だったことはご存知でしょうか?
僕は宗教関連の歴史やエピソードを読むのが好きなのですが、中でもキリスト教に関する話はかなり戦略的にブランドやUXを考えていたんだなと関心します(当時はそんな言葉もありませんが)。今回は日本人も大好きゴシック建築のUXについて紹介させていただきます。
高い天井とステンドグラスが特徴的なゴシック建築
ゴシックとは12世期〜15世期ごろに流行した建築様式です。パリのノートルダム大聖堂やフランダースの犬で有名なアントワープ大聖堂、いまだ建築中のサクラダファミリアなどが有名ですね。
日本人は教会といえばステンドグラスをイメージしますが、このステンドグラスが使われ始めたのがまさにゴシック建築です。他にも尖塔アーチの高い天井、おどろおどろしい装飾や天に突き出た塔が特徴で、フランスを中心にヨーロッパ各地に広がりました。
ゴシックのターゲットは「異教徒」
興味深いのは、ゴシック建築のターゲットは異教の神を信じる農民だったということです。
実は一般的なイメージと違い、中世ヨーロッパにおける農民の多くはキリスト教以前の宗教を信じていました。自然信仰が中心のケルトやゲルマン系の宗教がまだ強く根付いており、人々は大地の女神や太陽神、高い木々に宿る精霊を崇めていたのです。
そんな中、農業改革に伴う人口爆発が発生。信仰対象だった自然は開墾されつくし、多くの農民が都市部に流入することになります。
キリスト教にとって彼らは異教徒で改宗すべき哀れな存在です。そこで農民を改宗させるために、彼らの信仰に沿ってキリスト教の世界観を体験できる施設を!と考案されたのがゴシック大聖堂なのです。
農民の宗教観を変えたUX
想像してみてください。
日々農作業に勤しみ、娯楽は酒や歌や踊り程度、深い森や太陽の光に神を見出して生活していた農民たちが
パイプオルガンと聖歌が響き渡る中、深い森を思わせる高い天井とおどろおどろしい装飾に囲まれ、光溢れるステンドグラスを通して神の姿を目撃した時の衝撃を。
ゴシック大聖堂は彼らにとって馴染みがある森や太陽といった自然物の要素を取り入れた上で、キリスト教の文脈で信仰を上書きしたのです。徹底的なターゲット分析と体験設計、それを実現した五感をフルに刺激するクリエイティブの力には感服せざるをえません。
戦略的なマーケティングとデザイン
現在残っているゴシック大聖堂の場所を調査したところ、その多くがケルトやゲルマン信仰の聖地や遺跡の上に建てられていたことが判明しています。それも上書き戦略の一つです。
この徹底したターゲティング戦略は、後の世で批判されることにもなります。そもそもキリスト教は秩序や均整を良しとする宗教。後のルネサンス時代には、異教のカオスな要素を入れたゴシックは邪道の建築として「異教徒のゴート人が作ったようだ」と言われました。これが「ゴシック」という名称の由来となっています。
キリスト教はこのように時代ごとに様々な宗教を取り込んできた宗教です。その最も有名なのが冒頭のクリスマスの逸話となります。元々は異教における死と復活の冬至祭であり、その宗教を取り込んだ時にイエス誕生のエピソードと紐づいたと言われています。
キリスト教は多くの宗教を上書きすることで世界でもっとも成功したブランドに成長しました。世界に23億人ものファンを抱え、最も有名なアイコン(十字架)や世界で最も読まれる本(聖書)などを生み出してきました。彼らの軌跡をマーケティングやUXデザインの視点で分解するのはなかなか楽しいので、折をみて紹介したいと思います。
日本人にも人気なゴシック建築。それは日本人が当時のターゲットに近い、自然信仰の持ち主だからかもしれません。自由に海外旅行ができるようになった時には、ヨーロッパのゴシック巡りでもしてみたいものです。
参考書籍