宇多田ヒカル「Electricity」の神秘
宇多田ヒカルの「Electricity」がすごい。
4月10日にリリースされたベスト盤『SCIENCE FICTION』に収録された新曲。何度聴いても興奮する。
リズムとフロウの快楽性がここ最近の宇多田ヒカルの曲の特徴なんだけど、この曲は飛び抜けてる感じがする。そして歌詞もすごい。超越的な何かを感じる。
いったいどういうことなんだ、というのを書いておこうかなと思う。
まず一聴して驚いたのがサビ。四つ打ちの跳ねるダンスビートに乗せて「♪エ・エ・エ・エ・レ・エ・エ・エ」と歌う。「え? 歌詞なんて言ってるの?」と調べると
とある。デビュー曲「Automatic」の歌いだし「七回目のベル」を「♪な・なかいめの〜」と区切った日本語の譜割りが当時のシーンに衝撃的だったという話はよくするんだけど、ついに英語をこんな風に区切って歌うんだということを思いましたよね。しかも声のリズムがすべて裏拍に乗っているので、歌っているというよりはビートに乗せて声をパーカッションのように鳴らしているかのような気持ちよさがある。
で、この「Electricityかなにか Between Us」というのは何か。それは歌い出しのところの歌詞を見ると推察できる。
つまりは「君」と「僕」が出会って、一瞬のうちに恋におちる。もしくは特別な関係と気付く。その一目惚れのような、感電するような感覚のことなんだと思う。
だけど、それだけじゃない。2番の歌詞では、この曲の主人公が異世界や地球外の場所からやってきた存在なんじゃないかということが示唆される。この街で出来た友達はもういらない、というようなことを歌ったあとに、こんな言葉が続く。
単なるラブソングじゃない。不思議で神秘的な曲なんです。
で、ここからの2サビ〜ブリッジがこの曲のクライマックス。秒数にすると1分56秒くらいから。「♪エ・エ・エ・エ〜」という歌にフルートとサックスが絡まってくる。このフルートが激ヤバ。最初に聴いたときはマジで鳥肌立ちました。徐々に上り詰めていく2拍3連のフレーズを吹き鳴らし最後のトリルに抜けていくところで脳汁出るかと思うくらい興奮する。
で、そこからのブリッジ。
実はここも歌のフロウが3連符になってるんですよ。スクエアなビートの上でフルートが攻めまくったフレーズを吹いていたのをそのまま引き継ぐような歌のフロウになっている。そして「i」の音で脚韻を踏みながら「愛は光 愛は僕らの真髄」まで駆け抜ける。
で、明らかにここだけ言葉のアクセルの踏み方が違うのよ。AメロやBメロではあくまで「君と僕」の情景やその親密で特別な関係を描いているのに、ここは一気にこちらに目線が向く。なんせ「人類みんなに読んでほしい」だ。
これはどういうことなのか。この曲は伊藤忠商事のCMソングに起用されてるんだけど、それを報じたニュースリリースに宇多田ヒカル本人のコメントがあった。それによると「地球に訪れた宇宙人二人が出会う」というSFのような世界観の歌詞なのだという。
それにしても。
「不可視なエネルギーや波動とその不思議で強力な結びつき」。
すごいわ。すごい。ここの言葉だけ切り取ったら、はっきり言って何のことやらわからない。宇多田ヒカル以外にこれを言われたら「え? なに言ってるの?」となる気がする。「胡散臭い」と思う人もいるかもしれない。
でも曲を聴いたら、そうですよ、「Electricityかなにか Between Us」はもうそれでしかないですよ、と感じさせる強烈なパワーがある。
ちなみに。
「アインシュタインが娘に宛てた手紙」というのが何かというのは、検索するといろいろと出てくる。いろいろと引用されたり拡散されたりしているものの、娘のリーゼルに宛てた手紙は実在が確認されていない、ということも言われている。それをもって「フェイクニュース」と位置づける記事もある。
ただまあ僕は「フェイクニュース」という言葉はちょっと違うんじゃないかなとも思う。そもそもこういうのは「ニュース」ではないしね。いわゆる「出典不詳の名言ミーム」というやつでしょう。
でもって、この曲はそのあたりのことも全部織り込み済みなんじゃないかとも思う。だってその直前のラインに出てくるフレーズが「解明できないもの」と「陰謀論」なのだから。そういう真偽不明な要素とか、留保つきのこととか、そういうのを全部通り抜けて一気に「愛は光 愛は僕らの真髄」という本質的な一言にたどり着く。
このスピード感というかドライブ感。ヤバいというしかない。
ベスト盤のクレジットによるとこの曲はフローティング・ポインツ(サム・シェパード)との共同プロデュース。サックスとフルートを吹いているのはMELRAW。フローティング・ポインツは『BADモード』で宇多田ヒカルが初めてコラボレーションしたUKのエレクトロニック・ミュージックのDJ/プロデューサーで、11分を超える大曲のダンス・ナンバー「Somewhere Near Marseillesーマルセイユ辺りー」も共作している。あの曲を聴いた時に感じた興奮の、さらに先のところに達しているように思う。
(『NHK MUSIC SPECIAL』でのアオイヤマダさんとのパフォーマンスもゾクゾクしました)