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クソ女が「潔癖症男」に抱かれて大失敗する話

きれい好きなのは良いことだ。
自分がめっぽう掃除が苦手ということもあり、むしろきれい好きな人に対してリスペクトすらある。
だから、きれい好きな人については何の文句もない。

ただし、何事もやりすぎは毒だ。
今回はそんな毒にあたり、大失敗したクソ女の過去を振り返ろうと思う。

バイト先の常連だった年上イケメン

潔癖症男との出会いは、バイト先だった。
表参道のオシャレ系カフェで働いていた私は、毎日のように出勤前、退勤後に足しげく通う潔癖症男に目をつけていた。
オシャレで見た目が好みだったし、退勤後にカフェでTOEICの勉強をしているのもポイントが高かった。

いつの間にか私と潔癖症男は世間話をする関係になり、私がバイトを始めて3ヶ月ほど経ったとき、潔癖症男から連絡先が書かれた名刺を受けとった。
これ幸いとウキウキ連絡を取り、その後ほどなくして、私たちは食事に行くことになったのだった。

やや違和感のある初デート

潔癖症男との初デートは、土曜のバイト終わりの遅めランチだった。
私たちは潔癖症男イチオシの、ちょっとお高めなイタリアンレストランに入った。

いつも通りに世間話をしながらランチが来るのを待っていたのだが、少し気になることがあった。

人が触れたものをやたらと拭くのだ。
テーブル、椅子、食器、なんでも持参したウェットティッシュで拭く。
コロナ禍でもなかなか見ないくらいの徹底ぶりだったと思う。
さすがに気になって質問してみた。

「人が触ったものが気になるんですか?」
「そうなんだよ~。俺ちょっと潔癖でさ~。食器とかは特に口に入れるから余計気になるんだよね」
「へ~。そんなに気になるのに、人が作ったものは食べられるんですね」
「ああ、それはそう。プロが作ったものなら平気かな。でも人の手作りとかは食べるの嫌かも~」
「え~!結構こだわるタイプなんですね!」
「そうそう!でもそのこだわりのおかげでいいシェフ見つけるの得意でさ!ここも超うまいよ!」
「ほんとに~!楽しみ~~」

思えばこの時既にヤバ男のにおいがプンプンしていたのに、当時の私は「ちょっとこだわり強めの男」くらいにしか認識しておらず、その危険性を感じていなかったのだ。

不穏なお家デート

この時の私は、清く正しいお付き合いがしたいわけではなく、さ~っと股をの間をすり抜ける程度の関係を望んでいた。
どうやらそれはあちらも同じようだった。
3回目の食事の後、あちらから「俺の家…くる…?」が繰り出され、私は待ってました!とばかりにいそいそ潔癖症男の家へ赴いたのだった。

タクシーに揺られて15分ほどだろうか、ひっそりとした住宅街の一角に潔癖症男の家はあった。
いかにも見た目だけ気にしました!的なデザイナーズマンションだ。コンクリートブロックで造られた建物は、今の季節には寒すぎる。階段も急だし、狭い。
見た目にはめちゃくちゃ気を遣うのに話す内容が薄っぺらい、毎日勉強しているはずなのにTOEICのテキストがほぼ進んでいないなど、格好だけで中身が伴っていない感じが、潔癖症男と似ていると思った。

とはいえ、私が欲しているのは中身ではないため、中身がどんなにペラペラだったとしても関係ない。
別に付き合うなどするつもりもないし、どうせ1.2回味見したらお互いサヨナラするのだから、中身など気にする必要はないのだ。

玄関に入ると、百貨店でよく見かけるアロマディフューザーのいい香りがした。

こりゃかなり女を連れ込んでんな~~!

と感心していると、声をかけられた。

「あ、これ履いてね」

わざわざ袋から出した簡易スリッパを渡されたのだった。

潔癖症男、本領を発揮する

「あ、ハイ……」

部屋に似つかわしくないスリッパに面食らった。
ホテルなどでよく見かけるぺらっぺらの白いスリッパを履きながら、

どうせならスリッパにもこだわれよ……

などと心の中で悪態をついていたのだが、すぐに見当違いだったことに気付く。
簡易スリッパくらいぺらっぺらなコイツは、極度の潔癖症だったのだ。

「あ、荷物は下に置かずに手洗ってくれる?あとこれ歯磨きセットね。持って帰っていいからさ。今磨いてくれる?コップは使わないでね~」

簡易スリッパをはき、荷物を下にも置けずに歯を磨いて、肩からずり落ちてくるバッグに苦戦しながら手で口をゆすぐ。

「歯磨き終わった?そしたらシャワー浴びてきて~。髪の毛苦手だから頭は洗わないでね!はい、これタオルとバスローブ。全部使い捨てだから気にせず使って!」

隔離病棟かよ!!!!
スリッパ、歯ブラシ、タオル、バスローブ、全部使い捨てってなんだよ!!!!
バイキンじゃねぇんだよこっちは!!!!!

と、大きな声で叫びたかったが、勢いに押されて「ハイ」しか言えなかった。
さすが潔癖症。徹底した所作である。

脱いだ服どこに置くねん…と途方に暮れていると、潔癖症男は小走りで駆け寄ってきた。

「ごめんごめん、荷物はここに置いてね」

丁寧な動きで脱衣所に風呂敷を敷いている。

「脱いだ服とかはカバンの中にでも入れちゃって!」

おい!こっちは一張羅のワンピース着てんだよ!!!シワになるだろうが!!!ハンガーくらいよこせよ!!!!

と言いたかったのに、またも「ハイ」しか言えなかった。

人生でこんなにも自分の意見を伝えられないのは初めてだった。
潔癖症男の異常さは、「ガン詰めおしゃべりクソ女」の異名を持つ私であっても、対処しきれないものだったのだと思う。

私は潔癖症男に言われるがままに行動した。
髪はゴムで束ね、1本たりとも排水溝に髪を流さぬよう緊張しながら身体を洗う。
髪が落ちていないか気にしながら使い捨てタオルで身体を拭き、使い捨てバスローブに身を包み、使い捨てスリッパを履いた。
もう帰りたかった。

「じゃあ俺も風呂入って来るね~」

私に許されたスペースは、テーブルとベットの間。
そこに風呂敷を敷き、脱いだ洋服とバッグを上に置く。風呂敷からバッグがはみ出していないか気にしなければならなかった。

やっぱり帰りたい。
どうやったら自然に帰れるか必死で作戦を練っていたが、すでに遅かった。

「いや~やっぱり人が入った後のお風呂って気持ち悪いね~!でも汚い身体のままで部屋はいられる方が嫌だからさ~」

心が死んだ。

潔癖症男、万事徹底する

私は虚無のままベッドに座っていた。ベッドの上に移動してよいとお許しをいただけたからだ。
惨殺された心は一向に元に戻らず、完全に砕け散ったままだ。

にもかかわらず、潔癖症男はすっかり臨戦態勢で、ベタベタ触ってきた。
正直、私はかなり迷惑そうにしていたはずだが、全く気にせず?気付かず?コトは進んだ。

ところが、洗っていない髪には絶対に触らない。

こいつ、徹底してんな~

ここまでくると感心してしまう。
もはや潔癖症男が次にどう出るのかが気になって、S〇Xどころではない。
とはいえ、一刻も早くこの空間から脱出するためには、アレやコレやらをさっさと終わらせる必要がある。
私は意を決して相手の唇めがけてキスをした。

「うっわ!!!!!」

キスで飛びのかれたのは初めてだった。
潔癖症男はウェットティッシュで狂ったように唇を拭いている。
さすがにまずいと思ったのか、なんだかごにょごにょ言っていたが、私の耳には何も届かなかった。

クソ女、帰る

そこから何がどうなったかはほとんど覚えていない。
ただ、虚無を隠すために適当な演技をしてやり過ごしたと思う。
人生で初めてのめちゃくちゃ後ろ向きなS〇Xだった。不感症にでもなったかと思った。

潔癖症男は5分ほどでコトを終え、即座に歯磨きをしに洗面台へ。
この時点で私のやわなハートは完全に粉々になり「帰る!!!!!!」と決意。

潔癖症男も他人を自分のベッドで寝せる気はさらさらないらしく、これ幸いとタクシー代2,000円を握らせて私を追い出した。

時刻は夜中の1時。どう考えても女子大生が1人で外にいていい時間ではないが、私は一刻も早くこの場を去りたかった。
思ったよりもスムーズにタクシーは捕まり、ほっと一息つく。
やっと家に帰れるのだ。

クソ女、逃げる

結論から言うと、タクシー代が足りず、私は潔癖症男の自宅から3駅先の漫喫で過ごすことになった
タクシーから降りた後、結構デカめの声で

足りねぇじゃねえかよ!!!!!!!!!

と叫んでしまったが、どうか許してほしい。
それぐらい激ギレしてしまったのだ。

その後、何をとち狂ったか、潔癖症男はこれまでの5倍連絡してくるようなった。私が返信しないと、バイト終わりを狙って出待ちするなど半ストーカー化する始末。
どうやら私が潔癖症男にぞっこんだと思っているらしく「また遊んであげてもいいよ?」の態度で来る。
ハッキリ「無理だ」「嫌だ」と伝えているのに、なぜか照れ隠しだと思っているらしい。
こいつマジでコロすか…?と半ば本気で思ったのは、後にも先にもコイツだけだ。

とにかく、全く話が通じないため、このまま行くとマジで危ないと判断し、バイト先の店長に相談して早々に退職、ラインもブロックした。
探偵でも雇われて自宅を割り出されやしないか、しばらくヒヤヒヤしていたが、どうやら私にはそこまでの魅力はなかったらしい。
私は何とか潔癖症男の魔の手から逃げおおせたのだった。

このときほど自分が中途半端な存在でよかったと思ったことはない。
もし自分がド美人だったら、こうはいかなかっただろう。
やはり何事もほどほどが1番なのだ。

クソ女、学ぶ

この大失敗を機に、私は自分の直感や違和感をかなり重要視するようになった。
気のせいだと誤魔化すことも、見て見ぬふりをすることもなく、すぐさま撤退する。
投資をしていた上司が「いかに損切りできるかが重要」と言っていたが、男遊びも同じだ。
どれだけ時間と金をかけようとも、「おや?」と思ったら即撤退に限る。
おかげさまで、相当なクソ女ぶりを発揮していたにもかかわらず、私は未だ背中も胸も刺されたことがない。

振り返ってみると、この潔癖症男との出会いが私をよりクソにした気もしないでもないが、自分がクソだったおかげで今の幸せがあるので、あの時の精神崩壊は許してやろうと思う。

#創作大賞2024 #エッセイ部門


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