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信託契約書のチェックポイント―金融機関―

・信託口口座の開設にあたり、受託者と預金取引が可能かにつき、信託契約内容の事前チェック

  チェックにおいては、形式面でのチェックのみならず、受託者が正しく信託事務を遂行できるかという観点。

 ・受託者に関するチェック内容

信託法に定める受託者の義務の免除の有無

自己執行義務

善管注意義務・忠実義務の免除、義務を軽くする規定の有無

信託事務や信託財産に関する帳簿等の作成の免除規定の有無

信託終了時の最終計算の承認を求める義務の免除規定の有無

受託者の辞任、解任規定

 

信託事務処理の第三者への委託

受託者が全ての信託事務処理を第三者に委託することは、信託の本質に反し信託の有効性に疑義が生じ得るとの見解があるため、信託事務の一部を委託する旨に修正すべき。

 不可条文例(信託事務処理の第三者への委託)

受託者は、信託事務の全部を受託者の責任において選任する第三者に委託することができる。

 

信託法28 条

「分業化・専門化が著しく進んだ現代社会においては、信託事務のすべてを受託者が自ら処理すべきことを前提とするのは現実的ではなく、むしろ、相当な場合には信託事務の処理を第三者に委託できることとした方が、より迅速に信託事務を処理できることになり、受益者の利益に資するもの。」と考えられる[1]。 2

 

善管注意義務

不可条文例(受託者の善管注意義務)

受託者の善管注意義務を全て免除する。

 

信託法29 条2 項ただし書

「信託行為に別段の定めがあるときは、その定めるところによる注意をもってこれをするものとする。」

  受託者の善管注意義務の規定が任意規定であるといっても、信託が、委託者および受益者の受託者に対する信認義務を基礎とする財産管理制度であることに鑑みると信託行為の定めをもってしても、受託者の善管注意義務を完全に免除することは、信託の本質に反し許されない[2]。受託者の注意基準としては原則として、「自己の財産に対すると同一の注意」では足りないという判断。


忠実義務

(受託者の忠実義務) 信託法30条

「受託者は、受益者のため忠実に信託事務の処理その他の行為をしなければならない。」と規定。信託の受託者が、受益者の利益のため行動すべき義務を負う。忠実義務は、受託者の最も基本的な行動指針であり「もっぱら受益者の利益を最大限に図るべし」[3]とされ、善管注意義務とともに受託者の義務の両輪であるとされる[4]。信託法31 条2 項、32 条2 項の規定は、忠実義務も善管注意義務と同様に任意規定として理解されている[5]

 

分別管理義務

不可条項(公示義務の免除・省略)

受託者は、信託財産につき、信託の登記・登録または信託財産の表示・記載を省略する。

 信託法34条2項は、信託財産と受託者の固有財産又は他の信託財産と分別して管理する義務を定めている。14 条の信託の登記又は登録をする義務は、これを免除することができない。

 

信託事務や信託財産に関する帳簿等の作成等、報告及び保存義務の免除

(帳簿の作成等、報告及び保存の義務)

   信託法37 条1項、2項は、強行規定として受託者による書類の作成義務に関する規定を定めている(強行規定。)。3項は受託者の受益者に対する積極的情報提供義務に関する規定で任意規定。別段の定めを設けることによって、報告義務を軽減または免除することも可能。


清算受託者の職務の終了等

(受託者の職務の終了等)

    信託法184条1項は、清算受託者は、その職務を終了したときは、遅滞なく、信託事務に関する最終の計算を行い、信託が終了した時における受益者(信託管理人が現に存する場合にあっては、信託管理人)及び帰属権利者のすべてに対し、その承認を求めなければならないと規定している。信託終了時の最終計算の承認を求める義務が免除されていることがあるが、信託法184 条は任意規定とされていないため、有効性に疑義がある。

 受託者の辞任

不可条文例

(受託者の辞任) 受託者の任務は、下記の事由に該当したときに終了する。

(1)信託法第56条1項各号に掲げる事由

(2)後継受託者の同意を得て辞任したとき

    信託法57条1項本文では、受託者は、委託者及び受益者の同意を得て辞任できる旨規定されているが、信託契約にこれとは異なる規定がある場合、受託者は、委託者及び受益者の同意を得た場合には辞任できず、後継受託者の同意を得た場合にのみ辞任できるのか、それとも、委託者及び受益者の同意を得た場合だけでなく、後継受託者の同意を得た場合にも辞任できるのかが不明確。補足文言の追加を検討する必要あり。

 参考:東京地裁平成30年10月23日判決

  委託者兼受益者の合意による信託の終了の主張が認められなかった事例。信託法164条3項により同条1項の適用は排除されたため、委託者兼受益者が任意の時期に同信託を終了させることができない。

 

受託者の解任

不可条文例

(受託者の解任) 受益者は、次の各号に定める事由に該当するときは受託者を解任することができる。

(1)受託者が本契約に定める義務に違反し、受益者の是正勧告から30日を経過しても、相当の理由もなく是正されないとき。

(2)受託者に破産手続又は民事再生手続その他これらと同種の手続の申立てがあったとき。

(3)その他受託者として信託事務を継続しがたい重大な事由が発生したとき。

   信託法58条1項は、委託者及び受益者は合意によりいつでも受託者を解任できる旨規定されているが、信託契約にこれとは異なる規定がある場合、委託者及び受益者が合意した場合には受託者を解任できず、信託事務を継続しがたい重大事由が発生した場合にのみ受益者が解任できるのか、それとも、委託者及び受益者が合意した場合だけでなく、当該事由に該当した場合にも受益者が解任できるのかが不明確。補足文言の追加を検討する必要あり。

 ・受益者

チェック内容

受益者の特定・指定

不可条文例(受益者への給付)

  受託者は、受益者及びその被扶養者の生活に必要な資金として次のとおり実際の必要に応じて随時に、信託財産から受益者又は第三者に対し給付する。

   受益者との文言が用いられない場合でも、このような定めを前提にすると、その被扶養者も受益者と解釈される可能性が否定できない。給付の請求権限は受益者に限り有する必要がある。受託者は信託財産を受益者に給付するが、受益者の指示がある場合には、受託者は、受益者の親族等の第三者に直接信託財産の支払いを行うことができる等の規定であれば可。

 受益者連続型

チェック内容

   後継受益者の死亡の先後によって受益権の承継に不具合が生じないか(例:第三受益者が第二受益者より先に死亡していた場合の取扱いの規定がない)。→第三受益者が第二受益者より先に死亡していた場合の取扱いの規定がない場合、第二受益者死亡後、受益権がどのように承継されるかが不明確になる。

 信託契約に記載されている最終の受益者が死亡した後の受益権の承継について規定の有無

   終了事由の問題。受益者連続型の信託契約において、受益者死亡による信託終了の定めがない場合又は信託期間の定めがない場合に、半永続的に信託が継続することにならないか。受益権が相続され、受益者が数次にわたって登場し、権利関係が複雑化する恐れがある。

 信託の終了事由

チェック内容

委託者の死亡が信託の終了事由

  法定の信託法163条に定める終了事由。民事信託では、受託者は一般の方であり明記することが望ましい。

 帰属権利者

チェック内容

委託者死亡時に遺留分の侵害が生じないか[6]

例外的な取り扱い

残余財産の帰属

信託財産としての清算

信託不動産の取り扱い

 遺留分侵害

チェック内容

   遺留分を侵害していても信託契約は可能ではあるが、将来の紛争性が高いため、取り扱わない。ただし、信託財産以外の財産で遺留分が確保できている場合、遺留分被侵害者が当該信託の内容に明確に承諾していることを組成する士業が直接確認できている場合は、口座の提供を検討する。

 帰属権利者等

残余財産の帰属

不可条文例

(残余財産の帰属)

委託者の死亡により本件信託が終了した場合、残余の信託財産については、委託者の一般財産たる遺産と同様に、委託者の遺言書が存在する場合は遺言書に委ね、委託者の遺言書が存在しない場合は法定相続人全員による遺産分割協議に委ねるものとする。

 

   信託財産は委託者の相続財産ではないため、遺言によって処分することができず、また遺産分割協議の対象にもならない。そのため、残余財産の帰属先は信託契約書上で明記することが望ましい。帰属割合等を信託契約書外の公正証書等で別途定めるような実務上の取り扱いを認めていない。

 

 (2)残余財産の帰属

不可条文例(残余財産の帰属)

   本信託が終了したときの残余財産の帰属権利者は、乙及び丙とし、本件信託金銭については、それぞれ2分の1ずつの割合にて取得する。本件信託不動産については、信託終了時に処分されずに残存していた場合、乙に取得させ、乙において信託不動産を売却換価の上、同換価金につき、処分に要する諸費用を控除した残余金を、帰属権利者にそれぞれ2分の1ずつの割合で取得させる。

   乙が一度取得した信託不動産の換価金を丙に交付することは贈与にあたると考えられるため、乙に帰属させることとするか、清算事務として信託不動産を換価処分した上で帰属させるなどの対応が必要となると考える。

・その他チェック内容

残余財産の帰属についての定め

  残余財産の帰属について定めがない場合、信託法182条2項[7]が適用されることとなるが、不動産の移転登記等の問題もあることから、あらかじめ帰属を定めることが望ましい。

委託者兼受益者が存命中に信託が終了した場合の定め

委託者の意思に応じて、その場合の残余財産の取り扱いを明確にする。

・その他補足

チェック内容

停止条件付き信託契約(信託法4条4項)

  停止条件を手続上、明確にできれば、理論的には可能。しかし、例えば、判断能力低下を停止条件とする場合、不動産実務上、移転登記[8]・信託登記は困難である。また、銀行実務においても、長期での案件・顧客管理は困難。条件にもよるが、信託口口座開設は条件成就の時が現実的である。

 信託内借入を伴う信託契約書(今回の範囲外、信託法21条)

東京地裁令和3年9月17日判決(家庭の法と裁判第35号(2021年12月)

信託契約書内容の事前擦り合わせ(資格者専門職と金融機関) 。司法書士に対する損害賠償訴訟。

貸出実務について

• 自動送金関係

  最近、銀行において包括的な代理人による預金取引をするところもあるため、本人の意思能力喪失後も自動送金が継続される可能性がある。信託の追加は、新規の信託設定と信託の併合[9]。本人の意思能力喪失後の追加信託の設定は、問題あり。

 自動送金取り扱い

   金融機関が、預金者が高齢等により意思能力を喪失したことを知った場合、預金口座は支払停止の措置をとるため、他行に自動送金しているもの、公共料金の引き落とし、クレジットカードの引き落とし等はできなくなる。ただし、一定の要件の下、預金者の生活に必須な公共料金等については、例外的な対応は可能。

  信託契約書は、委託者のご意向、関係者の想いに直接接している士業がサポートいただきたい。信託契約締結以降、金融機関への届出事項として、委託者の死亡、受益者の変更、受託者の任務終了、信託契約の変更、信託の終了等がある。信託契約の締結以降も、継続的なサポートが必要。

  手続きを行う主体としては、信託口口座を利用する受託者のみ。代理人による取引を希望される場合に、信託契約に第三者に信託事務を委託することができる旨の定めがあること、かつ金融機関の代理人取引ルール(委任状の提出、受託者本人への電話確認等)に則ってお手続きする必要がある。

 

 

 

 

 



[1] 寺本昌弘著 『逐条解説新しい信託法〔補訂版〕』(商事法務2008 年)P109

[2] 寺本昌弘著 『逐条解説新しい信託法〔補訂版〕』(商事法務2008 年)P113

[3] 新井誠 『信託法〔第4 版〕』P 256

[4] 井上聡編著『新しい信託30 講』(弘文堂、2007 年)P 59

[5] 「すべてが任意規定化されたからといって、完全に自由であるわけでなくて、…緩和の限界が存在するはずだ。」道垣内弘人「信託法改正と実務」ジュリストNO.1322

(2006 年) P 13

[6] 東京地裁平成30年9月12日判決。遺留分制度を潜脱する意図でされた信託の効力

[7] 委託者又はその相続人その他の一般承継人を帰属権利者とみなす。


[8] 不動産登記令16条2項、3項 3か月以内の印鑑証明書

[9] 道垣内弘人 『信託法(現代民法別巻)』(有斐閣,2017年)P398

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