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鈴木 忠平『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』個人事業主、契約、結果、技術、組織


鈴木忠平『嫌われた監督 落合博満は中日をどう変えたのか』‎2021/9/24、文藝春秋

第一章 川崎憲次郎 スポットライト

P16 「開幕投手はお前でいくー」
まるで川崎の心を見透かしたようだった。
車はやがて細い路地へと入った。
街路樹の枯れた冬景色の中に名古屋球場の古びた外観が現れた。鈍色の空を背景にしたその寂しい光景すら、今は明るく見えた。
そういえば、落合が電話の最後に付け加えたことがあった。
「ああ、それからな・・・・」とさりげなく言った。
「これは俺とお前だけしか知らないから、。誰にも言うな。母ちゃんにだけは言ってもいいぞ。」
「母ちゃん」とは妻のことだ。落合は昔からそういう言い回しをする。それは知っていたが、最後の言葉が何を意図しているのかは、やはり読めなかった。

 このチームの中で、情報を漏らす人は誰か。川崎選手に引導を渡す意味もあったと思います。家族と相談して納得した形で。チームが優勝するうえで、傷が浅い開幕戦で。そのシーズンは開幕戦を負けと計算していたのではないかなと。
 情報管理の徹底は、私たちの仕事で守秘義務、利益相反という形で現れてきます。守る必要があっても、SNSやブログなどで気軽に情報発信が出来る時代。特定できないように発信したつもりでも、相手方や関係者が読めば、自分たちのことだと容易に分かってしまうことがあります。私はSNSやHPではは、自分が扱った事件について人を書くことはやっていません。

 

第二章 森野将彦 奪うか奪われるか


P93 そしてついに森野は打球に飛びついたまま起き上がらなくなった。トレーナーがバケツの水を被せたが反応しない。グラブをはめたまま、ピクリとも動かなくなった。

 荒木雅博の章も後にあるのですが、落合さんが自ら声をかける選手にはどういう基準があるのか。この本を読む限りでは、足が速い、とは違う野球に対応した脚が動く選手。守備を練習して上手くなれば、バッティングの成績も伸びるという考えもあるようにみえます。森野選手は走っておけと落合監督から声をかけられるだけ、まだチャンスがあったといえるんじゃないかなと思います。本を読む限り、森野選手から落合監督やコーチに、レギュラーになるには何が足りないのか、訊いたという記載は見当たりません。落合監督から一言も声をかけられないまま、ユニフォームを脱いだ選手もいたかもしれません。

P100 俺はひとりで来るやつには喋るよ。


 この気持ちは分かります。1対1なら、対話が出来る。仕事の交渉で必ず2,3名連れ歩いている法人や組織がありますが、相手が私1人と知っていて来られると、不思議だなと思うと同時に、1人では怖いんだなと思ってしまいます。2,3名いると、その会社や法人に不利になったときに、もう一人が話題を変えたり、ちょっと本題からズレだことをいい出したて自分たちに有利な(少なくとも不利じゃない)妥協点で着地させようとしてくることがあります。

第三章 福留孝介 二つの涙


P155 その光景を前に、私はまだ原稿を書き出すことができずにいた。落合の涙の意味を測りかねていた。腕時計の秒針が刻まれる微かな音が妙にはっきりと聞こえてきた。
 あるいは、自分にとってはこの場面が、あのブエノスアイレスの記者に訪れたような瞬間なのだろうか。
 そのときだった。私はグラウンドにもう一人、目元を拭っている男を見つけた。福留であった。決勝打のヒーローは、チームメイトやスタンドの人々の顔を眺めながら、ひとり離れたところで泣いていた。

 慕っていたスタッフが球団を離れて、落合監督に不信感を持つのは、個人事業主の私としては、不思議でした。それはスタッフも家族ではない以上、いつあってもおかしくないことだと思います。そのときは必ず来る、福留選手が怪我、成績不振などの理由があれば、スタッフより福留選手の方が先に球団を去る可能性もあります。契約がどうなっているか分からないのですが、本来は落合監督ではなく、球団編成が責任を持つ事柄ではないかと思います。
 福留選手は、野球が上手くなりたい、勝ちたいという気持ちで周囲の反対や嫌がらせを押し切り、PL学園に進学するような選手なので、本来の姿を取り戻したように私には映りました。

第四章 宇野勝 ロマンか勝利か

P164 席上で、落合は二つの要請を受けた。
ひとつは、この球団が五十年以上も手にしていない日本シリーズの勝利であった。この時点で中日は十二球団のうち、もっとも長く日本一から遠ざかっていた。
 薄紫のダブルに、濃紺のネクタイを締めた落合は、契約更新を勝ち取った席上で不敵に笑った。
「この三年間で強くなった。それでも日本シリーズには負けた。勝負事は勝たなくちゃだめだということなんだ。強いチームじゃなく、勝てるチームをつくるよ」
 私は部屋の片隅でペンを握っていた。落合の表情は何かを吹っ切ったように見えた。
 そして、もう一つの要請は、ナゴヤドームのスタンドを満員にすることだった。

 ナゴヤドームのスタンドを満員にすることは、監督だけの仕事ではなく、
主に球団の仕事ではないかと思います。ただ、新庄剛監督を観ていると球団の全面バックアップがあれば両方を追うことも可能なのかなとも思います。その意味で、2025年シーズンの日本ハムは楽しみです。落合監督には、勝つことを望んでいるファン以外に、スタンドに来てもらうように求めるのは難しかったように思います。


第五章 岡本真也 味方なき決断

P229 「森さん、すいまんせん・・・」
背後で声がした。
振り向くと、山井が何かをためらうように俯いていた。
そして顔を上げると、こう言った。
「すいません・・・。やはり、交代・・・・、お願いします」
これから球史に名を刻もうという投手は、自ら降板を口にした。

 2004年日本シリーズで、結果的に続投が失敗したことを原因の一つとした決断だとされています。完全試合をしようとしているピッチャーを代えるというのは、難しいのか、私には分かりませんでした。1本ホームランを打たれた時に、流れを引き戻せるのか。2点差だったら、3点差だったらどうなのか。


第6章 中田宗男 時代の逆風

P258 「スカウトは十年先のチームを見て仕事をしろ」
 すぐに戦力にはならなくても、可能性を秘めた素材を見つけて現場に大きく育ててもらう。それがやがてはチームの血肉になる。
 だが、落合は監督に就任すると、中田にこう言った。
「すぐに使える選手が欲しい。勝つための戦力を取ってくれ」
 振り返れば、中田の危惧はそのときから始まり、年々膨らんできた。そして、この二〇〇八年シーズンには、それが現実のものになっていくのだった。

2005 吉見一起 右投 平田良介 右外
2006 田中大輔 右捕 堂上直倫 右内
2007 山内壮馬 右投 赤坂和幸 右投
2008 野本圭 左外 伊藤準規 右投
2009 岡田俊哉 左投 小川龍也 左投
2010 大野雄大 左投 吉川大幾 右内

 ポジションは8つ埋まっています。とキャンプ初日に言うのは、どういう文脈で言ったのか分かりませんが、その言葉だけなら、中堅でレギュラーを狙うためにオフを過ごしてきた選手が聴くと、今年はダメかな、監督代わってくれないかな、レギュラーではなくても他に自分の居場所を作るために頑張ろう、など様々な思いを抱くのかなと思います。
 私からすると、個人事業主であれば自由な競争の機会が確保されていない場合、その事業からは撤退を一番に考えます。頑張るほど赤字になる可能性が高いからです。レギュラーの怪我待ちをしているほど、時間に余裕はありません。

 ポジションは8つ埋まっているけれど、自分で奪ってください。機会はキャンプ、シーズン中に〇回与えます。であれば、そのシーズンはプロや優占種である限り、頑張ります。〇回で自分が結果を出せなければ、すぐに次のシーズンもプロ野球選手を(球団が契約したいと打診してきた場合)、続けるのか検討します。

 WBCボイコットは、色々な意見があると思います。選手個人が現在のルールの中でどうしたいのか、世の中の空気を気にしないで決断して欲しいところです。

第7章 吉見一起 エースの条件


P312「五年、だからな」
吉見は一瞬、その言葉の真意を測りかねたが、しばらく考えて府に落ちた。
三年ではなく、五年なのだ。
ああ、この人らしいな・・と、吉見は思った。

 5年連続二桁勝利。打線との兼ね合いもあると思いますが、ローテーションを5年間守ることがもらたす、チームへの安心感というのは大きいと思います。序盤の怪我さえなければ、大事なところで打線の援護がなく9勝で終わった、上位チームのエース級と対戦するため、勝ち星に恵まれなかった。出来ない理由を挙げればきりがないともいえます。

第8章 和田一浩 逃げ場のない地獄

P329 「打ち方を変えなきゃだめだ。それだと怪我する。成績も上がらねぇ」
和田は呆然とした。
ただ、そこに強制の響きは含まれていなかった。
「やろうという気になったら言ってこい。ただし、時間はかかるぞ」
和田は座り込んだまま、落合の言葉を反芻していた。


 35歳を過ぎて、打ち方を変える。どこまで変えるのかも分からない。時間がかかるということは、微修正ではなく、根本から変えることを意味するのだと思います。
 私でいえば、60歳前後で、仕事の仕方を変えた方が良いと言われた場合。そのときの事業に自分が納得いっているのか、言ってきた人は信頼できるのか、上手くいかなかったとき、自分の力で元に戻せるのか、考えて決断します。
 決断したら、少なくともそのシーズンは走り抜ける。監督も松井稼頭央監督のようなことがない限り、変わらない。骨折しながらのシーズン全試合出場というのは、偉業だと思います。
 

第9章 小林正人 「2」というカード

P363 新井を歩かせて塁を埋めると、スタジアムがどよめいた。阪神ベンチもざわついていた。何より静かに打席に入ってくる金本がからただならぬ空気が漂っていた。小林はかつての氷射と同じようにゲームのヤマ場で最強の左バッターと向き合った。

 私も同じ松坂世代です。あれだけ輝いている場所で堂々と活躍している松坂投手をみた高校球児は、自分の居場所、求められる場所、勝負できる場所、ご飯を食べていく方法を見つけるために、もがく時期があるのかもしれません。


https://npb.jp/bis/players/31935117.html

 落合監督退任の話も少しずつ現実味を帯びてきます。

第10章 井出峻 グラウンド外の戦い

P384 雇用の保障されたサラリーマンならいざ知らず、球団と契約したプロ選手を縛るものは契約書のみであるはずだ、契約を全うするためにどんな手段を選ぶかは個人の責任であるはずだと、落合は言った。


 言っていることは正しいと思います。オブラートに包むとか、根回しをするとか、そういうことが出来なかったのだと思います。私も何度も失敗しましたし、先月もありました。これからもするかもしれません。ただ、落合さんと違うのは、自分が納得いく結果を出していないことです。

第11章 トニ・ブランコ 真の渇望

P403 桂川が驚いたのは、森がゲームの始まる四時間も前にスタジアムに足を運ぶことだった。落合の参謀役は亜熱帯の日差しと湿気を含んだ風に吹かれながら、まだ誰もいないスタンドからグラウンドを見つめていた。
 すると、ラテン系の選手たちの中にも時間を守り、早くから体を動かしている者たちが何人かいた。

 アドバイスに素直に耳を傾ける。出来そうで出来ない。語らないことで安心感を作る。出来そうで出来ない。化けてくれないと困るし、つい喋りかけてしまうかもしれない。インセンティブを付ける。ホームランと打率に付けず、打点と得点に付けているのは、理由がありそう。成績を残せば残すほど貪欲になっていく姿は、まさに成長過程。

第12章 荒木雅博 内面にうまれたもの


P432 「野球っていうのはな、打つだけじゃねぇんだ。お前くらい足が動く奴は、この世界にそうはいねぇよ」

 ショートに入ってから、毎日のように痛み止めを飲みながらのプレー。そのきつさは、私には想像出来ません。落合監督は、技術がある人間、そしてその技術を過信していない人間を起用する傾向があるのかなと感じてきました。和田選手、吉見投手、岩瀬投手。立浪選手のときもそうでしたが、三遊間を抜けるか止めるかで、防げる点があり、決まる試合がある。

エピローグ 清冽な青


 

P485 「ただな...」と指揮官は続けた。「これからも下手な野球はやるなよ。自分のために野球をやれよ。そうでなきゃ・・・俺とこれまでやってきた意味がねえじゃねえか」

 下手な野球。落合監督がいう下手な野球を私なりに解釈すると、怪我をする可能性があるヘッドスライディング。捕れないと分かっているゴロへのダイビング。求められていない送りバントやゴロ打ち。
 とにかく自分の成績を上げる方法を考える。1年でもプロ野球1軍の世界で生き残る。勝敗は指揮官に任せる(そうすれば他の球団でも生きていける。)。

文庫版新章 それぞれのマウンド

岩瀬投手、川上投手が経験してきた、修羅場の数。その残った数は信頼していると思います。

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sunao