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「本当の自分」とは


ついに私も「就活」という言葉が身近になる年齢になった。


就活に欠かせないもの、そう自己分析。


ということで最近は自己分析に励んでいるのだが、さて本当の自分とは何なのだろうか。


私は、「自分」には三種類の自分があると思っている。


周りから見た自分

なりたい自分

認めたくない自分


私はよく、「周りのこと気にしなさそうだよね~」と言われる。

自己を持っているねという誉め言葉なのか、

もう少し他人の気持ちを考えろという皮肉なのか、

それはいったん置いておくとして、


こう言われたとき必ず私は、

「うん、全然気にしな~い!」という。


でも、果たして本当に気にしていないのか、と考えてみた。


思い返せば昔から、かなり他人の評価、他人からの目線を気にする子供だったように思う。

求められたことはミスなく完璧にこなしたいという思いが強く、取り掛かる前にすぐ人に聞いていた。

小学校の時、宿題の内容について細かに質問しすぎて、

「人に聞きすぎ!」と先生に言われていた私。

これが小学校の友人の当時の私の印象らしい、、。


間違えたくなかったんだろうなぁ、、、。


中学校の時は、「A型の性格」みたいな本の中にあった

「本当はLINEのひとこと欄を見て『えっこれってわたしのこと、、、?』と気にしてしまうほどデリケート」

みたいな文を読んで「いや当たりすぎなんだが、、、。」と思ったこともはっきりと覚えている。

中学生の時って「ひとこと」の欄に意味深なこと書きがちだったよなぁ。

そして血液型診断とか星占いといった類のものが大好きだったので、めちゃくちゃに真に受けていた。


そしてずっとこんな自分の特性をダサいと思っていた。

だからこの「気にする性格」は私にとっての「認めたくない自分」であった。


でも人前に出るのは好きだったし、物事をはっきり言うタイプだったので、周囲からは人の目を気にしないやつだと思われていただろうし、

そう思われていることは自分にとっても心地よかった。


だから、「人の目を気にしない」というのは、「周りから見た自分」であり、ずっと「なりたい自分」であったのだ。


そしていつしか私は、「なりたい自分」を「本当の自分」にしていた。


人はいつでも演じているし、時と場合によって性格も変わる。

だから定まったひとつだけの自分は存在しないと思うのだが、

あえて「本当の自分」を挙げるとしたら、そこにマイナス要素を含む必要はないと思うのだ。

無理に「認めたくない自分」を認める必要はない。


だから、こうやって自分の特性を理解した今でも

「他人の目を気にしなさそうだよね~」

と言われたら、迷わず、

「うん、気にしな~い!」と答えるのだ。


それを「本当の自分」にするために。


よし、哲学的な自己分析はnoteにとどめておくとして、実用的な自己分析に戻ろうかな。









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