「手、あったかいね」

腕の中で横になる彼女は、そう言った。

梅雨の重い空気が部屋を取り巻き、その重さが彼女の半身と共に、僕にのしかかっていた。

気だるげな気持ちで目を瞑ると、彼女と体を合わせる前にかけたラジオから、悲しみを音にしたような男性歌手の歌声が聞こえてきた。

聞き覚えのあるこのメロディーは、おそらく、僕が生まれて数年後に発表された曲だろう。
彼女に至っては、まだ生まれていないかもしれない。

腕の中で丸くなっている彼女の長い黒髪を、指先ですくってみた。
10代特有の滑らかさを持った黒髪は、僕が普段接している女性が持っているモノとは色の濃さが違った。重さも違うように感じる。

ツツと屋根から流れ落ちる水の糸のように憂いを帯び、僕を罪悪感でいっぱいにさせる。

僕よりもたくさんの若さを持った彼女を、幾分か先に生まれただけの、30手前の枯れかけた男が胸に抱きかかえる罪悪感。

彼女の若さに目を奪われただけの僕が、彼女の心を無視したセックスをした罪悪感。

僕は苦みに支配されているのに、彼女は腕の中で微睡みを感じ始めていた。
小さな手で心をワシづかみにされた痛みと、ひと匙ほどの砂糖のような甘さがそこには在った。

甘い声で唸りながら、彼女が僕の体を登ってきた。
布ごしでない彼女のやわらかさに、愛おしさを覚える。

ぎこちなく僕の目の前まで顔を運ぶと、手を繋ぎながら、甘く囁くようなキスをしてこう言った。

「手、あったかいね」

彼女の心は、僕を見ていないように感じた。



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