短編小説『12月26日』
女子高生が一人、教室の窓際で外を眺めている。男子高校生が一人、彼女の元へやってくる。
「おお、ここにいた。お前、いつまでそうしてるつもりなん?」
「…」
「なぁ、何も言わんかったらわからんやろ。どうしたん?」
「…たっくんが、嘘ついたから」
「はぁ⁉俺お前になんも言うとらんやろ」
「いったじゃん」
「なんて?」
「…来るって」
「なんや?今朝はちゃんと一緒に学校来たやろ。冬休みなのにわざわざお前の補習につきあわされて、大変やわ」
「そうじゃなくて」
「じゃあ何や。はっきりせんなぁ」
「…サンタ」
「はぁ?」
「サンタさんよ。プレゼントくれるんでしょ」
「何を言うかとおもえば…」
「たっくんが言ったんじゃん。外国じゃクリスマスっちゅうもんがあって、サンタのおっさんが好きなもん何でもくれるって。なんも来んかったじゃん」
「お前、そんなもん本気で信じてたんか。今いくつやねん」
「そんなん知らんもん」
「それに、あの話もただの雑談みたいなもんやったやろ。そんなんで嘘つき呼ばわりされたらたまらんわ」
「そっちの都合やろ」
「無茶苦茶やな」
「それに、雪も降らんやん。昨日土砂降りやったで」
「それは別に関係ないやろ」
「クリスマスって雪が降るんとちゃうの」
「必ずしもそうというわけやないやろ。冬にあるってだけで」
「…そうなんや」
「どこで残念がっとんねん」
「だって今年はまだ一回も雪降っとらんやろ。去年と違って」
「それはまぁ、しょうがないやろ。今年はこんな状況やし。それに、降ったとしても遊ばれへんよ」
「そうかもしれへんけど…。アタシ、調べたらサンタさんどの本とか写真にも雪の中おったで。やっぱ雪降らんとサンタは来ないんや」
「いや、でも南の島ではサンタがサーフィンしとるらしいで。だからサンタは水との親和性は悪くないはずやから雨でも問題あらへんはずや」
「…ホンマそういうとこやで」
「なにが?」
「そこはアタシに話し合わせてくれたらええとこやん。なにアタシを上回る知識量で対抗しようとしてんねん」
「そんなつもりやないよ」
「無自覚ならなおさらタチ悪いで」
「あ、でもいくらサンタでも雨にあたったらひとたまりもないか。だったらある意味雨の日にサンタは来ないっていう説は正しいかもな」
「何を大真面目に語っとんねん。そんなもんホンマにいると思っとるんか」
「お前が先に言いだしたんやろ」
「しょうもないことでムキになりおって、お前今いくつやねーん!」
「こいつ…」
「ごめんて。ちょっとからかった」
「ハァ。別にええよ。怒っとらんし。こんななんもないとこやと誰かと話してないと気が狂うわ」
「外、晴れてきたね。そろそろ帰ろっか」
女子高生と男子高校生が歩いている
「晴れてるとはいえ、やっぱ寒いわ。雨上がりやし」
「そうやな」
「雨といえば、アタシ、あの話も嘘やと思っとるからね」
「どの話?」
「雨の話」
「どういうことや」
「雨浴びたらいけんっていう話よ」
「あぁ、体に悪いらしいからな」
「そんなん絶対ウソやん。アホらし」
「そんなん言うたらアカンよ。テレビでもラジオでも新聞でも言うてるやろ」
「情報操作いうやつやでそれは。そんな何でもホイホイ信じたらアカンで。だからサンタいうもんも信じてしまうんや、たっくんは」
「まだ言うか」
「冷静になってみ。なんで雨が降っとるときだけ出歩いたらアカンねん。今みたいにやんだら外出てもエエて、水たまりやらはそのへんにゴロゴロあるのに」
「それは水が目とか口に入ったらアカンからやろ。テレビで学者さんが言うとったで。別に触ったアカンわけやないけど体ン中に入ったら有害なもんなんや」
「それもおかしいわ。アタシらが飲んどる水はどこから来とんねん。雨水やろ。誰も病気になったり死んだりしてへんやん」
「それは…浄水場で消毒とかしとるんやろ」
「ふーん。納得できへんわ。そもそもなんで敵さんはこんなまどろっこしいことするん?」
「それはわからん」
「わからんてなんや。たっくんの大好きなテレビやラジオでは何も言うてへんかったのかい」
「それについては聞いたことないなぁ」
「ホラな。所詮お国がアタシら庶民にくれる情報なんてなんのアテにもならん。そもそも敵ってなんやねん。それについてもお偉いさんは何も教えてくれへん。アタシらの国はどこと戦っとんねん。アメリカ?ロシア?中国?」
「それはないよ。その国とは協力してる言うてたし」
「何が?」
「…テレビ」
「…まぁ、最初から期待はしてなかったけどな」
「多分、規模のデカいテロリストみたいなもんやて。国際的な」
「ふぅん。それもホントかな。アタシも聞いたで、噂やけど。実はこれはい宇宙戦争なんやないかって」
「宇宙人の侵略?それこそテレビの見すぎやろ」
「まさか、敵はサンタか?」
「何を言うとんねん」
「そうすると全部説明がつくねん。争っとる相手やからもちろんプレゼントなんて送られへんし、雪が降るとはしゃいで外に出るやつめがけて毒の雨をお見舞いするんや」
「…宇宙人のほうがまだあり得たわ」
「サンタも得体のしれないもんやし、宇宙人と変わらんやろ。国際テロリスト?だったとしても今のアタシたちは何も知らん時点で全部一緒や」
「お前はどう思っとるん?」
「だからそんなんはどうでもエエねん。アタシがどう思ってようがホントのことを知るすべはないんやから」
「自分からこの話振っといてなんや」
「なんか本で読んだことあるんよ。世界で共通の敵が現れればみんなが一致団結して協力し合うようになるって。そうすれば世界中の争いはなくなるんやて。それこそ、宇宙人の侵略とか」
「そんなうまくいくとは思えへんけど」
「でも実際いろんな国が協力して戦っとるらしいやん。偉い人が言うには」
「戦況はこっちが有利らしいけどなぁ」
「…さっきどうでもエエ言うたけど、アタシはホンマは敵なんかいないって思ってる」
「どういうことやねん」
「いわゆる仮想的ってやつや。世界の争いなくすため共通の敵が必要やけど、宇宙人がなかなか侵略にきてくれへんから、もう嘘のやつ作ってみんなの敵意をそっちに向けとるんよ」
「そんなん、みんなにバレたら大変なことになるやん。するわけないやろ」
「そもそもこの毒の雨ってのがどうも怪しいねん。だって本当に戦争しとるんやったらこんなまどろっこしい事せんでもチャッチャと爆撃でもしたらええやん。国民に被害を出さず敵の存在を意識させるための八百長や。誰も死なんような雨振らせて攻撃て、随分悠長な敵さんやなぁ」
「誰も死なんに越したことはないやろ」
「アタシは爆撃のほうが良かったけどなぁ」
「…そんなこと言うたらアカンよ」
「こんななにもない田舎、派手な爆撃でもあったほうがまだ刺激があってええやん。こんなとこなくなっても誰も困らへん」
「冗談でもそんな事言うな!ここには俺のおふくろも親父も住んどんねん。他にも死んでほしくない人とかおるやろ」
「…ふふ。ごめんて、全部ウソ。仮想的とか宇宙人とかホンマに信じてるわけ無いやろ。サンタが来るってたっくんに嘘つかれたから、そのお返し」
「…なんやそれ」
「ちょっと考えればわかることやん。しょうもない陰謀論信じるほどアタシはアホちゃうよ。たっくんはピュアやからサンタやら宇宙人やら信じてしまうんやね」
「アホ言うな。俺は最初からどっちも信じとらんわ」
「あ、ほら見てみ。飛行機飛んどるわ。見事な編隊飛行やなぁ」
「あれも、戦地に飛んでいくんかなぁ」
「どうやろうね」
「そういえば、お前なんかほしいもんあるんか?」
「え、なんで?」
「いや、さんたに頼みたいもんでもあったんちゃうかなって」
「そんなん、たっくんに言ってどうするん?」
「その、冬休みやから、今度一緒に買いに行かへんかと思って」
「ホンマに⁉でも、嬉しいけど無理やよ」
「そんなに高いもんか?」
「アタシが頼みたかったのは、欲しい物、っていうか、お願い事かな」
「何お願いしたん?」
「みんな思うとることよ。早く戦争終わりますようにって」
「それは、ホンマにそうやなぁ…」
「たっくん、さっき死んでほしくない人とかおるやろ!って言ってたけどさ」
「ああ」
「そん中にアタシいる?」
「え?」
「たっくんはアタシに生きててほしいのかってこと」
「そんなん、当たり前やろ」
「…そっか。今はそれで十分よ」
「ハァ?」
「早く、終わるとエエね」
空にはオスプレイが飛んでいる。
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